エンジニアから食堂経営に転身。小林せかいさんがオープンしたのは、徹底した効率化と人情味が交錯する空間「未来食堂」だ。

神保町にあるカウンター12席だけの小さな定食屋「未来食堂」(画像はHPより)

店主一人でメニューはひとつ。カウンターのみの店には今日も客がひっきりなしにやって来て、座って30秒で出てくる定食を食べ、勘定を済ませ帰っていく。静かで寡黙な流れ作業のようでいて、その雰囲気は物言わずとも分かり合えている、常連たちが集っているようだ。

未来食堂には、「まかない」「あつらえ」「さしいれ」など、独自の斬新なシステムがある。それはどれも効率的かつ合理的であり、食事をする我々からは見えないように仕組まれている。

現代組織によくある仕事スタイルに一石を投じる、「せかい的未来思考」はどこからやってくるのか。未来食堂 小林せかいさんにお話を伺った。

小林せかい(こばやしせかい)
未来食堂店主。東京工業大学理学部数学科卒業。日本IBM、クックパッドで計6年間エンジニアとして勤務後、さまざまな厨房での1年4カ月の修業期間を経て2015年9月、東京都千代田区一ツ橋に「未来食堂」開業。著作に『未来食堂ができるまで』(小学館)、『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』(太田出版)

エンジニアから飲食店経営へ 普通をあつらえる空間の創造

「未来食堂」は神保町にある小さな食堂だ。オフィスビルの地下1階、少し奥まったところにある入り口。中はカウンターのみで12席。一人でやってくるサラリーマンやOL、はたまた未来食堂の偵察・調査に来た3人連れなど様々な面々がランチを食べている。

店主の小林せかいさんは、大手企業のエンジニアから転身、この「未来食堂」を開業した。全くの異業種起業にも関わらず、未来食堂は黒字経営を続けている。

「未来食堂は、いらした人の普通をあつらえます」とせかいさんはいう。未来食堂の理念は「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所を作ること」だ。入ってすぐに感じられる懐かしさ、常連になれたような心地よさ、おうちご飯のような安心感が、この空間にはある。カウンターの中では、店主のせかいさんがきびきびと言葉少なに動いているが、忙しさを少しも感じさせない。

あったかいのに無駄のない空間と時間の作り方

未来食堂の特徴は、どこか懐かしい雰囲気と相反するシステマチックさ。座って食べて店を出るまで、店主も客も無駄な動きをする必要がない。

「『普通をあつらえる』というコンセプトなので、普通っぽくて、しかも効率よく動けるものを選んでいます」

まず、カウンターに座ったときに感じる居心地の良さ。席に着いた途端、他の客と仲間意識が芽生えそうな感覚はどこからくるのだろう。

「それは椅子の高さです。一般の飲食店の椅子より2cm低くしてるんです。未来食堂の椅子の高さとカウンターの高さは、家庭にあるダイニングテーブルと同じなんですよ」

未来食堂の心地よさには、全て理由があるとせかいさんは語る。

「テーブルの高さ、幅、通路の幅には、一般的な解があります。その解と比較して、自分のところではどうするのかを考えます。まず、『居心地とは何か』を定義付けて、そこからどうすれば居心地が良いと感じるのかを求めていくんです」

席に着くとすぐに出てくる食事。メニューが一つなので迷う必要がなければ注文する必要もない。自分でご飯を茶碗に好きなようによそって食べる。お茶も自分で淹れて、食べ終わったらお勘定。流れるような一連の動きだ。「迷わせないことが大事」とせかいさんはいう。

「迷うってストレスなので、モノ選びでも『絶対に伝わるもの』を意識しています。例えば、ここにあるしゃもじ。これが一見しゃもじに見えない位オシャレなしゃもじなら、いちいち説明しなくちゃならないでしょう。でも、明らかにしゃもじに見えるなら誰も迷いません。おひつも茶碗も、これは明らかにおひつで茶碗だとわかるものを使っているんです」

未来食堂では、客を迷わせない、計算された店作りがされている

カウンターの中での動きを最小限にしているのは、厨房機器の選び方とセッティングだ。「こんな小さな店だけど、厨房は豪華」とせかいさんは笑う。

「私一人だけの店なのに、コンロが5口あるんです。設計時に『この広さに対してコンロが大きすぎる』と言われましたが、これは、熱源として使わないときにコンロに台を置いて作業台にするためです。熱源と作業台と、ふたつの使い方をするというイメージを持って購入しました」

このアイディアは、飲食店の修行時代、シンクに台を置いてまないたを使用しているのを見た記憶から生まれたという。

「どうしたら効率よくできるだろうか、といつも考えています」

この常にある問いかけは、初めて店の手伝いに来た人が迷わず動ける、「まかない」システムにも存分に生かされている。

徹底した効率化の基準は「言葉の数」

「まかない」とは、お店を手伝うと定食1食分が無料になるというシステム。手伝う時間は1時間。 つまり、まかないさんに払うコストはランチ1食というわけだ。

「自分の店を開業したいという他に、いろんな人がいらっしゃいます。飲食業界が初めての人も多いですが、みなさん、不思議とちゃんと働けるんですよ」

この日のランチメニューは豚の角煮がメイン

初めての人にも迷わせないためには、できるだけ少ない言葉で伝わるように収納の工夫や事前のマニュアルを構築することが必要だという。

「効率化といえば、今日気付いたんですけど、この収納棚に番号をつければ良いかなと思って。そうすればまかないさんに『◯番の棚の』って言えますよね。そして、この袋。赤いでしょう。これにも意味があって。『そこの袋に洗濯物を入れて』というと、初めての人は、どの袋を指しているか分からず迷ってしまいます。でも、赤い袋なら一目瞭然で迷いませんよね」

初めて手伝ってくれる人にも一目瞭然だ。

「自分がしゃべりすぎている(口頭で説明しすぎている)なと思ったら、それは効率が悪くなってるという証拠。できるだけ言葉を少なく済むようにしています」

指示は効率よくできても、仕事ができない人もいるのではないだろうか、と聞くと、「ランチの原価を300円だとすると、50分のお手伝いを300円でお願いできるわけです。そこにいてくれて"いらっしゃいませ"って言ってくれるだけでも大助かりですよ!」と笑う。

不安が残るまかない初心者でも、迷わず受け入れられるシステムを構築するせかいさん。未来食堂は、物理的な意味でも「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所」なのだ。

まかない初心者でも受け入れられるシステムがある