2020年のオリンピック・パラリンピック開催地が東京に決まってから約1年。決定の瞬間の歓喜を覚えている人も多いだろう。開催決定後、日本国内でも2020年に向けて、数多くの来訪が予想される外国人観光客の受け入れに向けたさまざまな取組みが行なわれている。今回は、外国人観光客受け入れの最前線に立つ観光庁の担当者から聞いた話をもとに、日本の何が変わりつつあるかを紹介したい。
「アクションプログラム2014」では"異次元の対策"が必要
2020年までに、日本は何を目指しているのだろうか? それに答えてくれたのが、観光戦略課 総括課長補佐の森哲也氏だ。政府は、観光立国実現のためにアクションプログラムを策定しており、2013年の6月に策定されたものがあるが、これは外国人観光客1000万人を目指すためにやるべきことをまとめたものだった。
だが、2013年9月にオリンピック、パラリンピックの東京開催が決まったことで、「アクションプログラム2014」を策定。これは、2020年のオリンピックの年に向けて、2000万人の高みを目指すために必要な施策を取りまとめたものとなっている。
森氏は、「1000万人を目指すのと2000万を目指すのは全然意味合いが違う」と話す。1000万人を目指す場合は、海外でプロモーションをやって、チケットを買ってもらって入国してもらえれば達成できる。だが、2000万人を目指す場合は、一回は日本に行ったことがあるという人を相手にしていかなければいけない。つまり、2000万人を目指す場合、初めて日本に来る人ではなく、2回目、3回目という人を取り込んでいかないといけないというのだ。
また、1000万人を受け入れる際は自然体で受け入れられるが、2000万人を年間で受け入れようと思うと、空港のキャパシティは足りているのか、座席数は足りているのか、宿泊のホテルや旅館は年間2000万人も泊まれるほど部屋はあるのか、あるいは団体で来たら貸切バスは足りるのかなど、受ける側の受け入れ態勢も徹底的にそろえないといけない。「やることが違うので、次元を変えなければいけない」(森氏)。
無料公衆無線LANの整備とか、多言語対応などは着々とやってきているが、例えば免税店を今の倍の1万店にしようということは、次元の違うところでやっていかなければいけないという。「自然体でふやしていこうという以上にアクセルをふかしていく必要がある」(森氏)。
では具体的にどうするのか? 森氏は、「日本は季節が変わると、また違う魅力が楽しめるということを示さなければいけない」と話す。たとえば、瀬戸内海。たくさん島があって美しく、ヨーロッパの人などは高く評価するというが、まだ観光地としては認識されていない。そのほか、文化遺産や富岡製糸場のような産業遺産など、日本にはいろんな魅力があることを、歴史的なものも含めて発信していく必要があると説く。
では、実際に海外に日本をPRしている担当者はどう考え、何をしようとしているのか? 「ビジット・ジャパン」キャンペーンを担当している日本ブランド発信・外客誘致担当参事官付 係長の高石隼人氏に聞いた。
"ゴールデンルート"以外の旅行ルートも開拓
高石氏は、「海外からの日本のイメージは、日本=経済大国というイメージはあるが、日本=旅行先というイメージがない国も多い」と話す。それを踏まえ、東京でのオリンピック開催が決まったこの機会に、「日本=旅行先」というイメージが少なかった欧州、インド、イタリア、オランダなどの潜在的な旅行ニーズ高い国々に対して積極的にプロモーションをしかけているという。
高石氏によると、プロモーションにはいろいろな手法がある。ビジット・ジャパン事業で行っている基本的なプロモーションは、消費者に直接的に訴えかける、主に新聞広告、雑誌広告、Web、CMなどを現地で行なういわゆるBtoCのほか、海外現地旅行会社を招請して日本各地を回っていただき、訪日旅行商品造成に繋げていただく取組みや、旅行番組を作っている海外現地メディアを日本に呼んで日本各地を撮影いただき、自国に帰って日本の特集番組をつくることを依頼したりするやり方だ。
だが、高石氏が指摘するのは、海外から首都圏空港に入ってくる外国人は、"ゴールデンルート"といわれる東京、京都、大阪に泊まるケースが7割を占めるという。どの国の人にもゴールデンルートは普遍的な人気だが、地方に行かない傾向がある。安倍首相の掲げている「地方創生」という流れもあり、高石氏は、「地方への誘客を今年度以降力を入れ、地方から入っていただいて、地方から出ていただく」地方版ゴールデンルートを開拓したいと話す。
ビジット・ジャパン事業の一つである官民連携事業は、2012年度から開始。海外に進出している日系企業、たとえばワタミなどは欧米などに進出しているため、そういったネットワークを活用し、店舗に日本の魅力を紹介するパンフレットを置いてもらったりするなどの協力態勢が築かれている。
高石氏によると、ビジット・ジャパン事業では今年度から新しい取組みを実施している。今までは観光庁から民間に協力を呼びかけていたが、今年度からは、民間から幅広く訪日旅行促進に資するアイデアを募集。外国人を呼ぶためにはどういったことをしたらいいかというアイデアを募集し、181件の応募があったという。観光庁では、その中から10件を選び、民間のアイデアをどんどん国の施策に生かして、一緒にやっていこうとしているという。
無料公衆無線LAN環境の整備や多言語対応、海外カードが使えるATMの広がり
外国人旅行者に来てもらう上で、無料公衆無線LAN、ATMなどの受入環境整備については、すでに民間などでも取り組みが進んでいる。担当者によると、2011年の調査で、外国人訪日客が困ったこととして、最上位になったのが、「無料公衆無線LAN」であった。だが、担当者によると、これは3年前のデータであり、現在では民間ベースでかなり無料公衆無線LANの整備が進んでいるという。
さらに、2000万人を受け入れるために、総務省と観光庁が共同事務局となり、業界団体を束ねて無料公衆無線LAN整備促進のための協議会を立ち上げ。8月29日に協議会の幹事会の第一回目を開催した。幹事会のメンバーは、空港からはじまり、港、宿泊、商業施設、自治体、通信事業者、各団体の代表や、業界を代表する企業の担当者が集まったという。
また、多言語対応も、無料公衆無線LANの環境整備と並ぶ重要課題だ。担当者は、「これまでも、鉄道事業者、観光施設などが独自で取り組んでいて、かなり多言語対応が進んできている」としながら、表記の統一性に課題があると指摘。
そこで、統一性を持たせるため、有識者や関係省庁から成る、総勢数十名となる大規模な検討会を立ち上げ、現状把握や今後のあり方について検討したという。その上で、多言語対応に関する共通ガイドラインを作成し、今後はこれを周知していく方針だ。また、こうした取組に関した情報を海外に対していかに発信していくかということも検討している。
また、海外発行カードを使えるATMなどの整備については、セブン銀行やゆうちょ銀行等の取り組みについて、「素晴らしいものだと思っている」とした上で、「訪日外国人旅行者からの、日本のATMでお金が引き出せないという声も耳にしていたが、実際に羽田空港や成田空港では、入国から導線に沿って、要所、要所に、セブン銀行やゆうちょ銀行、シティバンク銀行などの海外発行のカードが使えるATMがあるので、取組はかなり進んでいると実感している」と話していた。
2020年に向けて全国各地の免税店を1万店規模に倍増させることが目標
日本を訪れる外国人の訪日動機で、ショッピングは大きな比重を占める。冒頭で述べた「アクション・プログラム2014」でも、2020年に向けて全国各地の免税店を1万店規模に倍増させることが盛り込まれた。観光地域振興部 観光資源課 係長 岡田慎也氏は、これまでの外国人を対象としたショッピングの課題として、免税店が都市に集中し、地方にはほとんど免税店がないことを挙げている。
しかし、本年10月からは、これまで免税の対象となっていなかった食品、飲料、化粧品等の消耗品が、免税の対象となったことから、それらを名産品とすることが多い地方にも今後免税店が拡大していくことが期待されている。
観光庁では、どの店舗が免税店であるかという識別性を向上し、外国人にとって利便性を高めるため、シンボルマークの運営を行っている。
シンボルマークの受付登録は観光庁が行い、免税店であるとわかった店舗にロゴデータを提供している。シンボルマークの使用許可を取得した店舗は、店舗の同意のもと、リスト化され、海外に向けて情報発信されている。海外の人はそのリストを用いて、免税店を検索したり、営業時間を把握できたりするという。こうした"免税店の見える化"を図ることで、免税店の認知度をアップさせる方針だ。
いかがだろうか。官民挙げての外国人観光客の誘致策が着実に進んでいることが、分かっていただけたのではないだろうか。
2020年のオリンピック・パラリンピックがぜひ成功となるよう、祈るばかりだ。