上空という非日常の空間で、刻々と変わりゆく状況に対応しながら乗客を安全に目的地へ届ける。パイロットという特殊な仕事をしていると、日常でも反応してしまう"職業病"なるものもあるのかもしれない。そこで、ANA・ボーイング767機長の道廣直幹さん(入社歴22年)に、日常で気をつけていることや"職業病"についてうかがった。
体調管理を徹底! スポーツもライフワーク
パイロットはその月によって業務スケジュールが変動し、担当路線が国内線か国際線かでフライト数も変わる。しかし、月休10日は確保されており、休日に「すぐ飛んでくれ」などと急きょ呼ばれることはない。
「CAも含めて、乗務員は積極的に休養をとることも大切なんです。私は週に2,3回程度、10km以上のランニングをしていますが、日常的にスポーツをすることで健康管理に気を配っています。特に海外だと自分の代わりはいないですし、何よりも万全な体調で乗務に臨み、安全に乗客を送り届ける責任があります」。
ANAのパイロットは、国と会社とで定めている身体検査を年に2回受けなければならず、内容は一般の会社員が受診するものよりもはるかに項目が多い上に、水準も厳しい。また、もし体調不良などでパイロットやCAが乗務できなくなった場合、待機している別のスタッフが現場に駆けつける。待機する場所はオフィスのほか自宅のこともあるが、自宅待機でも出勤扱いなので、いつでも乗務できるように備えていなければならない。
上空で耳が痛くなる人もいるだろうが、それは風邪などの体調不良が原因ということが多い。こうしたことひとつをとっても体調不良は業務に支障を来すため、日常的に健康管理を徹底しなければならないが、それ以外については特に制約はないという。例えば、フライトの前日は飲酒を控えるが、休日が続く場合はお酒を楽しむこともあり、登山やマリンスポーツを趣味としているパイロットも多いそうだ。
陸海空を制覇!
1点、気になったことがある。パイロットを志したのであれば、同じく機体を操縦する仕事にも関心があるのだろうか。
まず、宇宙飛行士に関して訪ねたところ、そもそも道廣機長はSFが好きだったため、宇宙への関心もあるそうだが、関心はあくまでも一般的なレベルという。「純粋に宇宙という極限空間で宇宙船を操縦することへの興味はあります。また、(日本人として初めて国際宇宙ステーションの船長を務めた)宇宙飛行士の若田光一さんに対しては、やはり機長という仕事柄学ぶことも多いです」とのこと。
ちなみに、道廣機長はクルマの免許のほか、副操縦士の時に船舶免許を取得している。「これで陸海空、制覇ですね(笑)。パイロットの中には船舶免許をもっているほか、船を所有している人もいます」と言う。その一方、鉄道に関してはレールがあるため、飛行機よりも自由度が低いかもしれない、と道廣機長は感じているそうだ。
エコドライブをさせたら右に出るものなし
また、クルマを運転している時、ちょっとした"職業病"を実感するという。
「誰も乗せていなくても運転は丁寧にします。飛行機の燃料は高騰していますから、燃料をできるだけ使わずに操縦することは重要です。クルマを運転している時も自然とエコドライブになります。ほかにも、横柄な運転をしているクルマがいると気になってしまいますね」。
"職業病"としてはもうひとつ、仕事と関わらず天気が気になるという。それも「明日、雨が降りそう」とかではなく、「この雨だと着陸が大変だろうな」や、「あの雲だと機体が揺れそうだな」というような類いらしい。加えて、パイロットは管理された時間の中で業務をしているため、定刻に着くように計画を立てることが自然と習慣化されており、プライベートな旅行でも、つい時間管理をしてしまうそうだ。
仕事という場を離れても、日常的に気にしなければいけない、また、知らず知らすの内に気にしていることも多いのがパイロットだが、空の美しさを人一倍知っているのもパイロットである。例えば、上空1万mでは空気が薄いため、コックピットから見える星は瞬かずに強い輝きをともし続ける。さらに、何本もの流れ星や巨大なオーロラを目にすることもあり、人工衛星がゆっくりを燃え尽きる様子を肉眼で見ることもあると言う。そんな話を聞いてしまうと、一層、パイロットへの憧れが増してしまいそうだ。