アメリカ連邦航空局(FAA)が1月16日に運航停止命令を発したボーイング787型機(以下、787)。前編では一連のトラブルについて解説してきたが、今回の後編では787という旅客機の特殊性からトラブルの原因を探っていく。
何もかもが新しい787という旅客機
現在世界中で飛んでいる旅客機の中で、どうして787型機にだけこんなにもトラブルが集中しているのだろうか。その理由は、ボーイング787という旅客機とその製造過程の特殊性に見出すことができる。
787は、従来とは根本的に違う旅客機であると考えていい。今までは機体の一部にしか使われていなかったカーボンファイバー複合材(CFRP)が機体の約50%に使われている。2007年に初就航した総2階建て旅客機エアバスA380の複合材の使用比率である23%を大きく上回り、しかも旅客機としては初めて一次構造部にあたる主翼や胴体にも複合材が使われているのだ。
では、なぜ複合材を多用したのかといえば、そこに大きなメリットがあるからだ。既にANAが行った世界初の商業フライトについては詳細にレポートしたが、離陸がスムーズであり、窓が大きく、ある程度の湿気もあるなど、こういった機内の快適性向上は複合材多用の恩恵を受けて実現したものだ。
さらに、航空会社側にも大きなメリットがある。787は複合材を機体の約50%に使用することで軽量化に成功、結果燃費効率が約20%も向上し、近年の原油高の影響で高騰する燃料費の節減につながる上、従来の中型機より航続距離が大幅に伸びた。そのため、いままでは大型機でしか飛べなかった日本から欧米への路線にも就航できるようになり、より少ない乗客でより遠くへ飛べることで集客が容易になったのだ。燃費効率が上がることは、すなわち環境保全にも一役買うというイメージの良さまで付いてくる。
この革新性と燃費効率の良さに、世界中の航空会社が飛びついた。実績のあるボーイングという社名も手伝って、受注は800機を超えた。航空機はオーダーメイド生産なのだが、開発段階で受注が800機を超すのは前代未聞だった。
航空機に初めて採用されたリチウムイオン電池
一方で、20%もの燃費改善にはそうとう思い切った改良が必要だった。複合材を多用するだけでなく、従来は油圧で動かしていた翼や舵、ブレーキなどが電子化された。そのため、787のことを「空飛ぶ発電機」と呼ぶ人もいるほどだ。そして、こういった改良の主な目的は機体の軽量化であった。
また、今回の発火トラブルを起こしたバッテリーには従来のニッカド(ニッケル・カドミウム)電池ではなく、より軽量なリチウムイオン電池を採用。旅客機にリチウムイオン電池が搭載されるのは787が初めてだ。そのため、米国家安全運輸安全委員会はこのリチウムイオン電池および製造段階に何らかの原因があるのではないかとの理由で現在(1月22日時点)、製造元であるGSユアサ社などを調査しているわけである。
まったく新しい製造方式で開発に遅れ
さらにもう1つ、製造過程でも787には新しい方法を採用している。それは機体フレームの各部(コンポーネント)を事前に組み立てておき、最終的なアッセンブリーを本部のあるシアトルで行うという方法だ。例えば主翼ボックスは日本の三菱重工が担当し、前脚・主脚はイギリスのメーカーが製造するといった具合いである。ボーイング社以外で設計・製作される部分の比率は実に約70%にもなる。この方法だと従来は10日ほどかかったアッセンブリー作業が3日程度で終わり、効率的な組立が可能だとされる。
ところが、この斬新な製造方法が思わぬアクシデントを招くことになった。787のローンチカスタマー(初号機が納入されるエアライン)であるANAは当初、2008年8月開催の北京オリンピックに間に合うように就航させる計画だったが、前述の通り、実際に商業フライトが開始されたのは2011年10月。3年以上も遅れてしまったのだ。その理由の1つが世界各地に分散しているコンポーネントメーカーの生産の遅れだった。
部品メーカーが世界に分散するリスク
現在調査中である発火したバッテリーについても、日本のGSユアサ社で製造されているのはリチウムイオン電池のみであり、バッテリーとしてシステム化しているのはフランスのタレス社。さらにいえば、バッテリーの充電装置はイギリスの会社が製造し、配線作業はボーイングが行う。787という旅客機を象徴するような過程を経て製作されているのである。ボーイング787型機が「まったく新しく造られた飛行機」と言われるのは、こうした特殊性によるものだ。
さらにいえば、787は整備の方法も従来機とは大きく違う。従来機に多用されていたアルミニウムに比べて複合材は「金属疲労」がなく、長持ちする。そのため整備の回数を減らせ、コストを削減できる。しかし、これだけのトラブルに見舞われた今、これまでの考え方でいいのか。前述したバッテリー交換の頻度が想定外に多くなった問題だけでなく、この際、整備全体の再検討が必要だろう。
長期化は確実? 立たない運航再開のめど
ANA、JALとも28日までの運航停止を発表するなど、1月22日現在、787の運航再開のめどは立っていない。「再開が決まれば、すぐにホームページなどで発表する」(JAL)というが、しばらくは再開できない公算が大きい。報道では、「リチウムイオン電池に何らかの異常があるのでなないかとの論調が多いが、規制当局は当初からバッテリーやそれに関連するシステム、作業など広範囲にわたる調査を念頭に置いている」(ANA)。また、「リチウムイオン電池の不具合など単純に説明できる問題ではなく、バッテリー充電装置や電源始動装置などの電気系統全体の再検査」を示唆する海外メディアの報道もある。そうなれば当然、原因究明にはかなりの日数がかかる。
日本の運輸安全委員会は米国家運輸安全委員会の立ち会いのもと、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の施設でCTスキャンを使ったバッテリーの再検査を行うと発表し、こちらも原因究明に一定の時間が必要なことをうかがわせる。さらにはバッテリーだけではなく、ボストンでの燃料漏れやブレーキの不具合など調べなければならない点は他にもある。
安全性の向上した近年では見られない事例
不具合やトラブルで運航を停止した最近の旅客機としては、エアバスA380が挙げられる。2010年11月4日、シンガポールからシドニーに向かっていたカンタス航空のエアバスA380の4基のエンジンのうち1基がトラブルを起こし、シンガポール空港に緊急着陸。その後、20日以上にわたって同社はA380の運航を停止した。また、これに続きシンガポール航空やルフトハンザ・ドイツ航空も同型機の運航を一時停止している。ただ、この時は規制当局からの運航停止命令などはなかった。トラブルもエンジンだけに特化していた。
1979年まで遡れば、死亡事故を起こしたDC-10という機材にFAAが同命令を出した事例があり、このときは運航再開まで1カ月以上を要している。ただ、当時の旅客機はまだハイテク機ではなく、例えば現在はスタンダードになっている事前に機体の異常を察知できるコンディション・モニタリングやオン・コンディションによる整備・安全管理が浸透していないなど、比較するには無理がある。よって、今回の事例は近年にない事態といえるのだ。
それだけに運航再開の予測はしにくいが、現状から見て最低1カ月はかかると予想され、今年度中(2013年3月まで)に再開できるかどうかが1つの区切りとなるだろう。万が一、バッテリーをニッカド電池に変更するなど、何らかの仕様変更が必要な事態になれば、型式証明の取得やテスト飛行などのために、さらに数カ月は再開できないことになる。一方で、これだけの処置と調査がされているのだから再開は万全を期した上で行われるとも受け取れる。
航空会社の問題点と情報収集のヒント
また、航空会社としては運航を再開しても、信頼感がなければ乗客が離れ、その意味はなくなる。「再開するときには、どういう手順を踏めば信頼を回復できるか。その点を徹底して詰めている」(ANA)ようである。なお、「運航再開の判断基準は米国規制当局の見解」(同)であり、発火したバッテリー関連の調査は日本の運輸安全委員会や国土交通省と協力して行っていると見ていい。そういう視点で報道をチェックすれば、利用者はより正確な情報が得られるだろう。
2006年5月、筆者はシアトル・エバレットにあるボーイング社で787の詳細な説明を受けた。その内容は極めて刺激的で、1995年に運用を開始したボーイング777、2007年に就航したエアバスA380といった近年のハイテク機と比較しても、その革新性は群を抜いていた。その当時はまだ「絵に描いたモチ」に過ぎず、説明の場で見せられた手のひらほどの小さな、しかし凄まじいほどの強度を持つ複合材の片が唯一の「現実」だった。それから5年後の2011年7月、受けた説明とほとんど違わない機体が羽田に飛来し、その機鋭を見たときには「よくぞ、あれだけの革新的な旅客機を造り上げたものだ」と感動さえした。
787には「ドリームライナー」という愛称があるが、トラブルや不具合の徹底的な究明と利用者への詳細な説明を行い、その愛称の通り人類の夢を運ぶ飛行機として力強く復活してほしいものである。
著者プロフィール
緒方信一郎
航空・旅行ジャーナリスト、編集者。
学生時代に格安航空券1枚を持って友人とヨーロッパを旅行。2年後、記者・編集者の道を歩み始める。「エイビーロード」「エイビーロード・ウエスト」「自由旅行」(以上、リクルート)で編集者として活動し、後に航空会社機内誌の編集長も務める。 20年以上にわたり、航空・旅行をテーマに活動を続け、雑誌や新聞、テレビ、ラジオ、インターネットなど様々なメディアでコメント・解説も行う。自らも日本・世界各地へ出かけるトラベラーであり、海外渡航回数は100をこえて以来、数えていない。