イラクの独裁者サダム・フセインの長男で、"狂気の申し子"と悪名高いウダイ・フセイン。そのウダイに顔が似ているという理由で選ばれ、影武者になることを強制された人物がラティフ・ヤヒア氏だ。そんな彼の自伝本を映画化した『デビルズ・ダブル -ある影武者の物語-』が現在公開中だ。

映画化の裏にはどんな経緯があったのか、また映画を通して世界にどんなメッセージを伝えたいのか。原作者であり、ウダイの影武者本人でもあるヤヒア氏にお話を伺った。

ドミニク・クーパーがヤヒア氏とウダイの2役を演じている

――完成した映画をご覧になっていかがでしたか?

「最初に見たときは、当時の嫌な記憶が蘇ってきました。イラク国内だけでなく、国外に出てからも(CIAによって)拷問を受けており、そのときの傷跡は今でも体と心に残っています。今でも忘れられず、不眠に悩まされています。けれど、その反面セラピー的な効果もありました。二回目に見たときはより痛みは軽減され、三回目、四回目になるとやっと普通に見られるようになりました。イラクで体験した出来事は忘れられませんが、それが今日の自分が生きる強さにつながっていると思います」

――そうしたトラウマが蘇ってもなお映画化に踏み切ったのはなぜでしょう

「たしかにかつての記憶は蘇ってしまいましたが、かといって映画化しなかったとしてもその記憶が消えるわけではありません。それよりも自分が言いたいことを世界に発信するために映画化することを選びました」

――そのメッセージとは?

「西洋の政府に独裁者政権の支持をやめてほしいということです。独裁者によって国民は痛めつけられていて、それはあってはならないことです。どんな人であれ自分の人生を支配されるべきではないし、平和を追求してほしい。それを言いたいがための映画化なのです」

戦いの前線で兵士を鼓舞するのは当然影武者。ウダイはその映像を安全な場所で見て大喜びしていたという

――映画化に際してかなりの数の映画会社からオファーがあったと伺いました

「オファーはたくさんいただきました。特にアメリカ系の会社には実に26社からオファーをいただいたのですが、すべて断りました。まるで私が商品を売っていて、それを金で買おうとしているような感じで交渉されたからです。私が映画を作ったのはお金のためではありません。よく皆さんから、出版や映画化で稼いでいるんじゃないかと言われるのですが、まったく稼いではいません。印税や映画化に対するギャラはすべて寄付しています。私はビジネスマンであり、それで生計を立てられていますから、自分の物語を売るようなことはしません。私はお金のためではなく、この話を世界に伝えたかったのです。結局オランダの製作会社で映画化することにしたのですが、ストーリーをあるがままに映画化してほしい、アメリカのプロパガンダ映画のようにしないでほしいと伝えました」

――脚本にも関わられたとか

「脚本段階では脚本家のマイケル・トーマスさんと毎日連絡を取りながら台本作りをしました。その間に監督が色々と入れ替わっていて、結局映画が完成するまでに8年かかりました。理由は、私がアメリカのキャスト・監督・制作費を一切入れたくなかったからです。アメリカというものを、この映画に関わらせたくなかったのです。誤解しないでほしいのですが、私はアメリカのアンチではありませんし、友人もいます。ただ、アメリカの外交政策に対するアンチなのです」

――そうした経緯を経て、最終的にリー・タマホリ監督になったわけですね

「結局、脚本は12回ほど改稿し、リー・タマホリ監督によって最終稿が上がりました。ちょうどそのとき体調が優れなかったことと仕事が忙しかったことで、最終稿には私はあまり関わっていません。ですからクランクインするまでどんな内容か知らなかったんです」

――原作と比べて映画の完成度・再現度はいかがでしたか?

「シーンによってはやはり原作から変更されている点もありました。特にラストには原作にまったくなかったシーンがあり、これはさすがに監督に怒りが湧いたのですが、しかし最初に自分が作りたかったストーリーからは乖離していませんでしたし、映画というのはどうしても商業性がつきものですからね。シュワルツェネッガーが活躍するようなハリウッド的な作りにはしてほしくなかったのですが、それに関しては約束を守ってもらえたと思います。今回の作品に自分は満足しています」

――カットされたシーンもあるとか

「バイオレンスな場面については、撮影はしたけどカットされた部分もあります。すべて入れていたら、とても見るに耐えないものになっていたでしょう」

――影武者生活でもっとも衝撃を受けた、あるいは辛かった体験は何でしたか?

「やはりレイプです。様々な女性がウダイにレイプされているのを見ました。特に妊娠している女性がレイプされ殺されたのを目撃してから、彼女の顔は未だに記憶から消えません」

ウダイの女性関連のエピソードは耳をふさぎたくなるようなことばかり

――本作を観る日本人の観客に向けて、メッセージをお願いします

「私は他国の文化に触れることが好きです。同じように、日本の方にもぜひ本作を通してイラクについて知っていただきたいと思います。この物語は歴史の一部でもありますから、学ぶところもあるでしょう。祖国というものは母と同じ存在で、替えが利きません。一度失ってしまったら見つからないんです。だからこそ政治家がどんなことをしようとも、自分の国を裏切ることなく愛して欲しいと思います」

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