ハラ ミュージアム アークは1988年、現代美術専門の美術館として知られる東京・品川の原美術館の別館として、群馬県渋川市の伊香保に開館し、これまで世界の現代美術を紹介してきた。2008年、創立20周年を迎えたハラ ミュージアム アークは、これを記念して特別展示室「觀海庵(かんかいあん)」を増築し、リニューアルオープンした。オープンを記念して同館では『觀海庵落成記念コレクション展―まなざしはときをこえて』を開催している。会期は9月23日まで。
特別展示室『觀海庵』のオープンに際し、ハラ ミュージアム アークならびに觀海庵の設計者である建築家・磯崎新氏や原俊夫原美術館館長をはじめ、池坊保子文部科学副大臣(当時)、青木保文化庁長官ら政府関係者、群馬県の政財界関係者らがテープカットを行い、華々しくオープニング・レセプションが行なわれた。觀海庵は国宝・重要文化財を含む約120点におよぶ古美術コレクション「原六郎コレクション」のための展示室として設計、増築されたもので、これまでの現代美術館としての活動に加え、同館ならではの斬新な視点で古美術を紹介する事で、美術館としての新たなあり方を模索する事になる。
落成記念展となる『觀海庵落成記念コレクション展―まなざしはときをこえて』は、原美術館所蔵の現代美術コレクションと古美術コレクションから、選び抜いた作品群により構成されるもので、監修を務めた磯崎氏は「コレクションとは、コレクターその人のポートレイトだ」としている。セレクトされた現代美術、古美術の各作品は、既存のギャラリー3室において現代美術を、觀海庵においては古美術と現代美術をひとつの空間で展示するという、斬新な演出を試みている。原六郎翁から現在の原美術館までの私立美術館としての枠に収まりきらない同館の歴史とその活動の特徴を展観できるのが、觀海庵であり、新生ハラ ミュージアム アークと言えるだろう。
本展の目玉となる觀海庵には、円山応挙の手による畢生の大巻『淀川両岸図巻』をはじめ、狩野永徳の『虎図』、森徹山の『百鶴図屏風』などの美術的価値の高い古美術とともに、イヴ・クラインの『青いスポンジ』や草間彌生の『かぼちゃ』といった作品が同じ空間に展示されており、斬新な美術空間を現出させている。イヴ・クラインの向こうに狩野永徳が見える様は、言葉には言い尽くせない驚きと新鮮さに満ちあふれている。こうした展示が行なえるのは、原美術館ならびハラ ミュージアム アークならではと言えるだろう。なお、会期後半の9月2日には古美術作品の展示替えが予定されている。
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本コレクション展を監修した建築家・磯崎新氏 |
現代美術棟のギャラリーAでは遠藤利克の『Lotus』を中心に杉本博司の『千体仏』を周囲にぐるりと配しており、宗教的な雰囲気すらただようストイックな展示空間としている。特に年代別に並べられたわけではないという事だが、ギャラリーCでは草間彌生の『ミラールーム(かぼちゃ)』を最奥に、1990年代の作品が多く並ぶ。ギャラリーBは、奈良美智の『Eve of Destruction』や原美術館での「アートスコープ2007/2008-存在を見つめて」でも取り上げられた加藤泉の作品、ステレオグラムを立体化したような不思議な作風の名和晃平の『PixCell [Zebra]』などの日本人の作家に混じって、ジョナサン・ボロフスキーの『かばんをもった男 No.3274726』やジャン・デュビュッフェの『二人の機械工』といった世界的な作家の作品が並ぶ。磯崎氏は「このように世界的な作家と日本の作家を一緒に並べると、彼ら(日本の作家)の位置づけや価値がわかりやすいでしょう」と語っていた。
觀海庵は現代美術棟から渡り廊下をわたった反対側にあるのだが、その渡り廊下の横にある屋外のスペースにおいて、コスタリカ出身の作家、フェデリコ・エレーロの「Landscape」を見ることができる。同作品は、エレーロが本展のために来日し、7月16日から9日間をかけて制作したものだ。漆黒の壁に囲まれ、明るく躍動感のある同作によって、新たな命が吹き込まれているようにも見える。
また、觀海庵の手前にある回廊では『磯崎新7つの自選展 2008ー7つのキュレーション』が併催されている。同展はこの1年を通して世界の7都市で行なわれる磯崎氏の自選展で、その第3弾となる。1960年代から磯崎氏が手がけてきた領域を横断するさまざまなキュレーション活動の一端を記録映像で見る事ができる。
さらに本展会期中に限り、通常は鑑賞できない所蔵作品が特別に公開されている。今回の増築にあたって設けられた開架式収蔵庫を毎週日曜日(14時30分より約1時間)に行なわれる学芸員によるギャラリーガイドツアーで観覧する事ができる。なお、参加を希望される場合は事前に電話予約が必要になる。
觀海庵の設計を手がけたのは、ハラ ミュージアム アークを設計した建築家・磯崎新氏。ハラ ミュージアム アークは、木や石などの天然素材をふんだんに使ったぬくもりが感じられる造りで、現代美術の展示にふさわしいシンプルで静謐さの漂う空間が特徴。觀海庵の外観もまたこれを踏襲しており、過剰なディテールを避けた黒塗りの下見板張りで統一された外壁が、周囲に広がる森と緑の牧場とに調和している。
觀海庵はこれまでのシンメトリーな3つのギャラリーを持つ現代美術棟から見て、反対側となる建物全体の北東端に突き出す形で建てられている。觀海庵へのアプローチとなる渡り廊下の向こうには、60mにおよぶガラスのない半野外空間となった長い廊下があり、緑豊かな牧草地が広がる、高原の雄大な景色と空気を満喫できる趣向となっている。まさに自然の創り出した芸術と、人の創り出す芸術のふたつを楽しむ事ができ、自然の中の美術館という創立当初のコンセプトを見事に継承している。
觀海庵そのものは六間四方・約100m2のこじんまりした空間だが、書院造を参照し、日本の伝統的空間意識を継承したユニークな展示空間を目指して設計されている。
古美術コレクションを代表する作品の一つに「三井寺旧日光院客殿障壁画」と呼ばれる作品群(大部分が軸装されている)があるが、これらはもともと滋賀県の三井寺(園城寺)の旧日光院客殿(現在は東京の護国寺に月光殿として移築保存されている)を飾っていた障壁画だ。この旧日光院客殿奥ノ間の書院造を参照した三間四方の空間を、觀海庵の内部に入れ子状態で再現するというコンセプトでデザインされている。その内装は、漆喰・木・石といった素材で仕上げられ、照明家の豊久将三氏が手がける展示照明には光ファイバーや古来の和蝋燭に近い光を実現する最新の発光ダイオードが駆使されている。このようにかつて生活にあって「和」の表現が存在し鑑賞されていた、本来の環境に近い展示空間が現代の技術を駆使して再現されている。
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觀海庵内部の様子。外観からはイメージしにくい「和」の空間が現れる |
觀海庵が専門的に展示する事になる「原六郎コレクション」は、現在、原美術館館長を務める原俊夫氏の曽祖父にあたる、幕末の志士であり、明治の実業家である原六郎氏(1842-1933)が収集したものの一部で、現在は原美術館を運営する財団法人アルカンシェール美術財団の所蔵となっている。同コレクションは近世日本絵画を中心に工芸・書蹟、さらに中国美術も含んでおり、国宝一件、重要文化財一件が指定されている。この觀海庵のオープンにより、同コレクションは初めて定期的な展示公開がかなう事となった。また、同館は群馬県内で唯一の国宝を有する美術館となった。
觀海庵という名称は、原六郎氏が生前、和歌や書を詠む際に「觀海」と号していたことによるもの。「觀海」の号は孟子の言葉※で「広い海」を見たものは小さなことには動揺しない」すなわち「高い志を持つためには大海を見よ」という故事に由来している。
觀海庵はその名称からもイメージできるように、古美術コレクションのための空間ではあるが、本展の内容にも示されているように、現代美術を排除した古美術だけを展示するための空間というわけではない。古美術もその当時にしてみれば、いまの現代美術と同様に、最新の表現であったわけで、その点からみれば、共通する部分を持つ。そうした観点から、本展のように、古美術と現代美術の響宴がなされるのも、觀海庵の大いなる楽しみのひとつと言えるだろう。
※孟子曰『孔子登東山而小魯,登太山而小天下。故觀於海者難為水,遊於聖人之門者難為言。』(「孟子」盡心章句上二十四章)
大意:孟子が言うには、孔子が東山に登ってみれば魯(国の名前)は小さいものだと感じるし、泰山に登ってみれば天下も小さいものだと感じられる。だから、大海を見たことのある人々は川をたいしたものだと思わないし、聖人の門下で学んだ者は、たいていの言論を聞いてもたいしたものとは思わないのだ。