米スーパーマーケット大手のAlbertsonsが、日用品大手のP&Gと組み、短編ドラマ「Rico’s Tacos」を制作しました。1話3分未満、全22話で、6月23日から8月末まで毎週新エピソードを公開する予定です。配信はまだ途中であり、販売効果を判断できるだけのデータは公表されていません。それでも、小売メディアの新たな展開として、米国の広告・小売業界で注目を集めています。
「Rico's Tacos」は、AlbertsonsのアプリやYouTube、SNSなどを通じて配信されています。店舗の入り口や精肉・鮮魚売り場などに設置されたデジタル画面では、約15秒の予告編とQRコードを表示し、アプリ内の本編へ誘導します。
ドラマでは、ペーパータオルの「Bounty」、シャンプーの「Head & Shoulders」、のどケア用品の「Vicks」などP&G商品が登場します。たとえば、作業台を紙タオルで拭く場面にBountyが使われたり、買い物のついでにHead & Shouldersを手に取る場面が描かれたりと、単に商品を画面に映すだけではなく、登場人物の生活動線の中に組み込まれています。
視聴者はAlbertsonsのアプリで関連商品やロイヤルティプログラムの特典を確認でき、ドラマで見た商品を買い物につなげられます。Albertsonsは、番組を配信した店舗と配信していない店舗の売り上げを比較するほか、アプリでの視聴や購入も測定するとしています。
スーパーがドラマを制作したというだけなら、珍しい広告キャンペーンの一つで終わります。しかし、この試みが示しているのは、動画広告の新しい見せ方だけではありません。コンテンツ、広告、販売、効果測定を一つの導線にまとめることで、小売メディアが「広告を表示する場所」から「需要を演出する装置」へ変わろうとしているのです。
購入の手前に物語を置く
従来のテレビ広告では、視聴と購買の間に距離がありました。
番組を見てCMで商品を知り、記憶に残し、そして後日店舗を訪れて商品棚から対象商品を探します。テレビ局や広告主は視聴率や認知度調査から広告効果を推定できても、誰がCMを見て、実際に何を買ったのかを直接結び付けるのは困難でした。
インターネット広告は、この距離を縮めました。広告をクリックすれば、そのまま商品ページへ移動できます。SNSでも、投稿からECサイトへ進み、数回の操作で購入を完了できます。
それでも、メディア企業がコンテンツを提供し、小売事業者が商品を販売するという基本的な役割分担は残っていました。YouTubeやInstagramがコマース機能を強化しても、その構造はコンテンツの出口に購入機能を付け加えるものです。
Albertsonsの取り組みは、出発点が逆です。
同社はもともと、商品、店舗、ECサイト、会員アプリ、購買データを持っています。その売り場の上流に、短編ドラマというコンテンツを新たに配置しました。メディア企業がコマースへ進出するのではなく、コマース企業がメディアへ逆流しているのです。
「Rico's Tacos」は、広告の中に物語を加えたものというより、購入画面の手前に物語を追加したものと見る方が実態に近いといえるでしょう。
商品を売るのではなく、商品が必要な場面を作る
小売メディアとは、小売事業者が店舗、ECサイト、アプリなどの顧客接点を広告媒体として活用し、メーカーなどに広告機会を提供する仕組みです。
購買履歴や閲覧履歴などのファーストパーティデータを活用し、買い物に近いタイミングで広告を出せることに強みがあります。ECサイト内の検索広告やバナー、店舗アプリ、デジタルサイネージ、レジ前のモニターなどが代表的な配信面です。
これまでの小売メディアは、すでに買う意思を持っている人を捉えることを得意としてきました。ECサイトで「ペーパータオル」と検索した人にBountyの広告を表示したり、購入履歴からそろそろ補充時期を迎える商品をアプリで通知します。
いずれも、すでに存在する需要を見つけ、自社商品へ振り向ける仕組みです。検索広告と同じく、消費者の意図が先にあり、広告がそれに応えます。
一方、物語は、商品が必要になる状況そのものを描けます。
タコス店でソースがこぼれ、ペーパータオルが必要になる。働き続ける主人公に家族が休息を勧め、セルフケア商品を贈る。視聴者は商品を探していなくても、登場人物の行動を通じて、その利用場面を疑似体験します。
もちろん、これは新しい発想ではありません。古くからある広告の手法です。洗剤のCMでは子供が服を汚し、自動車のCMは移動したくなる風景を見せてきました。
Albertsonsの試みが異なるのは、商品をアピールするためではなく、視聴者を購入へと導くための演出が練られている点です。
小売事業者は従来、顧客の日常生活の履歴と呼べるデータを、誰に広告を見せるかを決めるために使ってきました。AlbertsonsとP&Gの取り組みでは、データを広告配信の後から適用するのではなく、企画や制作の段階から活用しています。両社の顧客・消費者インサイトは、登場人物や舞台、物語のテーマ、商品の登場場面を考える材料として使われました。
つまり、データに基づいて「物語で需要を演出」し、その物語の先に実際の「商品を売る場所」を接続します。
再生回数ではなく「変化」を測る
こうしたコンテンツの価値は、再生回数や視聴時間、視聴完了率だけでは評価できません。
Albertsonsは、短編ドラマを通じて、視聴者が商品ページを開いたか、特典を確認したか、店舗やECサイトで商品を購入したかまで結び付けて測定でき、それを次の物語作りに活かせます。メディアのKPI(Key Performance Indicator)を「どれだけ注目を集めたか」から、「どれだけ現実の買い物を変えたか」へ移せるのです。
これは広告主にとってより魅力的です。再生数が少なくても、対象商品の購入率が高ければ成果となります。
大勢の人を長時間引き付ける必要はなく、適切な生活場面で数分の物語を届けられれば、それだけで買い物を動かす成果になり得るのです。
タイパ重視がスーパーをメディア企業にする
「Rico’s Tacos」の各話が数分のショートドラマであることもポイントです。
近年、Z世代以降を中心にタイパ(時間効率)重視が短尺動画の台頭を後押しし、同時に短尺動画の普及がタイパの日常化をさらに強めています。
物語も例外ではありません。「ドラマを長く見るのは重い、しかし物語性は欲しい」という需要からショートドラマが成長しています。例えば、昨年YouTubeで一話数分のショートアニメ「銀河特急 ミルキー☆サブウェイ」が大ヒットし、その勢いから劇場公開となりました。
数十分の番組を制作し、視聴者に継続して見てもらうには、多額の制作費と強力な配信基盤が必要です。これに対し、短尺ドラマなら、YouTubeやSNS、アプリ、店内画面など、複数の配信面に合わせて展開しやすくなります。短尺ドラマが受け入れられる土壌が作られたことで、Albertsonsのようなメディア企業ではなかった事業者もメディアの領域に参入する余地が生まれました。
「Rico’s Tacos」が販売面で成功するかどうかは、まだ分かりません。しかし、この試みが問いかけているのは、一つの短編ドラマの成否ではありません。
Albertsonsが作ろうとしているのは、コンテンツの出口として売り場を持つメディアです。メディアはこれまで、人々の余暇をどれだけ獲得できるかを競ってきました。Albertsonsが示しているのは、その余暇の外側にある買い物という日常行動を、コンテンツ、データ、広告、販売という一本の線でつなぎ直す試みです。
それが軌道に乗れば、小売事業者は広告枠の提供者にとどまらず、生活者の行動データを基に物語を企画し、商品の利用場面や需要そのものを演出するコンテンツプロデューサーへと変わっていくことになります。それは同時に、メディアの次の主戦場が、人々が余暇を過ごす画面の中から、買い物をはじめとする日常生活へと広がっていくことを意味します。


