購買データを蓄積し、分析環境を整えても、それだけで売り場の改善につながるわけではない。重要なのは、現場の従業員がデータを使って仮説を確かめ、行動に移せる仕組みである。

7月14日~15日に開催された「DCSオンライン×TECH+セミナー 2026 Jul. リテールDX 顧客理解と店舗革新で描く、次世代リテールの姿」に、イオンリテール デジタル戦略部 データソリューションチーム マネージャーの今井賢一氏が登壇。同社がID-POS、研修、AIを組み合わせて取り組むデータ活用戦略について紹介した。

「平均」では顧客一人ひとりのニーズは見えない

イオンリテールは全国に369店舗を展開し、総売り場面積は650万平方メートルに上るという。従業員は約12万人、年間約7.8億件のID-POSデータを蓄積している。今井氏は「店舗と人とデータが、我々の成長の源泉」だと語る。

同社が目指すのは、あらゆる顧客接点における顧客満足度を高め、顧客生涯価値(LTV)を最大化することだ。そのためには、顧客一人ひとりの買い物を理解し、ニーズに合った商品やサービス、売り場を提供する必要がある。

しかし、従来の「客数×客単価」という見方で分かるのは、あくまでも店舗全体の平均にすぎない。平均値は買い物行動を要約したものであり、誰がどの程度の頻度で来店し、1回の買い物で何を購入しているかまでは見えないのだ。顧客ごとのバスケット単価や来店頻度を把握できれば、より細かな単位で行動を捉え、売り場づくりや接客に反映できる。

イオンリテールが考えるデータマネジメントは、データの収集や可視化、分析だけにとどまるものではない。分析結果を周囲に伝えて理解を得たうえで、行動計画を立て、実行し、その効果を検証するところまでを含んでいる。そして、一連の流れをPDCAサイクルとして回し、継続的に改善して初めて、ビジネスの成長につながるのだ。顧客の購買行動が多様になるなか、こうした業務を迅速かつ低コストで進めるため、同社はデータマネジメントの内製を重視している。

現場のナレッジとID-POSを組み合わせ、売り場の改善につなげる

顧客単位の分析の起点となるのが、POSデータとカード会員、アプリ会員のデータを結び付けたID-POSである。従来のPOSデータでは「何が、いくつ売れたか」という商品軸が中心だったが、ID-POSを使えば、「誰が、何を買ったか」という顧客軸で分析できる。

イオンリテールはID-POSに加え、ECや外部データ、非構造化データなどをデータマネジメント基盤「ADaM」に集約し、分析プラットフォーム「ADaM portal」で可視化している。ADaM portalは店舗担当者や店長、本社スタッフ、部長など3,500人以上が利用し、100を超えるダッシュボードや分析用サービスを提供する。

  • ID-POS、ADaM、ADaM portalのイメージ図

    ID-POS、ADaM、ADaM portalのイメージ図

同社が取り組むデータ活用には、大型セールなどの効果を検証するマスマーケティングと、店舗従業員が地域や顧客に合わせて売り場を改善する店舗エリアマーケティングの2つがある。なかでもとくに力を入れるのは後者だ。

「データだけでは、お客さまのニーズを真の意味で捉えきれません。日々の接客で従業員が肌で感じているニーズと組み合わせることで、初めてデータの真価が発揮されます」(今井氏)

実際に、現場ではさまざまな改善事例が生まれている。例えば、あるエリア部長は、どの年代層がどのピザを購入し、どのような商品を一緒に買っているかを自ら分析した。まず1店舗で施策を検証し、その後、他店舗にも展開したことで、事業部全体の実績を大きく伸ばしたという。

さらに、ある店長は、インバウンド顧客が増えているとの感覚を基に、購買データを国籍別に分析した。他店舗のデータとも比べながらニーズを捉え、関連する商品群を売り場内でコーナー化した。

また別の店舗の売り場担当者は、顧客との会話から、カタログギフトが若年層に支持されていると感じていた。データを調べると、とくに20代、30代でグルメカタログギフトの需要が高まる兆候があった。そこでカタログギフトの売り場を広げたところ、カタログギフトだけでなく、ギフト全体の売り上げも伸びたそうだ。

これらの事例に共通するのは、現場の経験を基に仮説を立て、データで確かめたうえで、具体的な行動につなげている点である。

データを渡すだけでは現場は動かない

一方、ナレッジとデータの組み合わせが有用だと分かっても、全ての従業員がすぐに実践できるわけではない。従来のツールを使い続ける習慣はそう簡単に変えられるものではないうえに、分析経験の不足や、データ活用そのものへの抵抗感もあるためだ。加えて店舗には売り場の管理やメンテナンスといった本来業務もあり、分析に時間を割きにくい。

今井氏は「単にデータを提供するだけでは、現場主導のデータドリブンな活動は決して進まない」と指摘する。データを閲覧できるだけの状態から、現場が実際に行動するまでの隔たりをどう埋めるか。そこがデータマネジメントの中核的な課題になるのだ。

イオンリテールは、この課題に対して2つの取り組みを進めている。1つは研修によるデータ活用能力の向上、もう1つはAIによる分析支援である。

共通の指標を使った研修で階層間の垣根をなくす

研修は、部長、店長、店舗担当者など階層別に行う。顧客軸で分析する考え方やダッシュボードの操作方法に加え、分析を実際の行動につなげる方法まで扱う。講師を務めるのは、ADaMやADaM portalを構築したデータソリューションチームのメンバーだ。

  • データ活用に向けた研修の概要

    データ活用に向けた研修の概要

部長から店舗担当者までが同じプラットフォームを使えば、共通の数値や指標を基に会話できるようになる。その結果、階層間で施策への理解が深まり、連携して行動しやすくなるのだ。研修は全社のデータリテラシーを高めるだけでなく、将来、専門領域を担う人材を育てる基盤にもなる。

30分~1時間かかる調査が、AIとの対話で約5分に短縮

研修を行っても、全ての店舗従業員が複雑な分析を身につけ、そのための時間を十分に確保できるとは限らない。そこで同社は、データの抽出、集計、分析をAIに任せる方針を採っている。人の役割は調べたい内容を指示し、結果から行動につながるインサイトを選ぶことだ。

ADaM portal上のAI分析機能「ADaM Analysis」では、利用者が自然言語で質問するだけで、RFM分析やデシル分析、併売率、リピート率などを確認できる。従来は専門部署が何日もかけて集計していたデータを、店舗担当者が短時間で確認できるようになった。

  • AIによるマーケティング支援の例

    AIによるマーケティング支援の例

同機能の特徴は、一般的な言葉を理解するだけでなく、イオンリテール固有の業務知識を組み込んでいることだ。例えば、画面に「25年度の感謝デーの売上を教えて」と入力すると、同社の会計年度が3月1日から翌年2月末までであることや、感謝デーが毎月20日、30日に行われることを踏まえて集計する。回答できない依頼があれば、新たな業務知識を追加して調整を行う。この対応の速さも、開発を社内で進める利点だと同氏は説明した。

従来、複数のダッシュボードを行き来して原因を探る作業には、簡単な調査でも30分から1時間ほどかかっていた。これがAIとの対話になったことで、必要な数値を7回のやりとりで確認できるようになった。今井氏が実際に試したケースは、約5分で終わったという。

同氏は、マーケティングを進める業務の7~8割はAIに代替できると見ている。イオンリテールでは、自社データから見つけた課題を基に外部のWebサイトを調査し、市場との違いをまとめる機能や、SNSなどに表れる生活者の声を分析する仕組みの整備も進めている。日常的に店舗を利用する顧客だけでなく、まだ同社をよく知らない生活者のニーズまで捉えることも狙いの一つだ。

AI時代にこそ問われる勘と経験の重要性

マーケティング支援の流れを、指示、分析、インサイトの抽出、選択、実行の5段階とすると、AIが主に担うのは「分析」と「インサイトの抽出」である。何を調べるかを決める入口と、どのインサイトを採用するかを判断する出口には、人が関わることが必要だ。

今後、AIが大量のインサイトを短時間で示せるようになれば、良い仮説を立て、顧客に合った選択肢を見極める力がこれまで以上に問われることになる。そこで必要になるのが、接客や売り場で培った勘と経験である。

「多くのプロセスがAIに置き換えられても、入口と出口には従業員のナレッジが必要です。勘と経験という、人が体験から得た感覚値とデータを組み合わせることが、顧客ニーズに応えるための最も重要な要素になると考えています」(今井氏)

顧客データを分析し、現場のナレッジと組み合わせて売り場を改善する。顧客満足が高まれば、さらにデータが蓄積され、顧客理解を深めていける。イオンリテールは、この循環に研修とAIを加えることで、より速く、多くの改善を生み出そうとしている。AIの活用範囲が広がるほど、従業員が培ってきた知識と、それを使いこなす力が重要になるという考え方を強調し、同氏は講演を締めくくった。