前回のコラムは半導体業界の2021年の振り返りだったが、今回は電子業界全体での2021年の目立った動きを追ってみたい。

社会の話題はコロナ禍一色だったような印象があるが、電子業界自体は相変わらず猛烈なスピードで変化を続けた。絶え間のない変化をエネルギーとして成長するこの業界で生き残るには、その変化の予兆を冷静に分析し、自らの変化を加速していくしか他に道はない。

1.カーボンニュートラル実現のための企業戦略が本格的に始動

米国の雑誌TIMEは世界に最も影響を与えた「今年の人」にTeslaのCEOであるElon Muskを選んだ。その理由は「気候変動の危機に対する解決策を生み出し、最も大胆で破壊的な変革を進めた」、という説明になっている。

最近Muskは自身のツイッターで今年の納税額が1兆2000億円あまりになる事も明らかにしている。大胆な発言で何かと物議を醸すMuskだが、世界が脱炭素社会の実現に本格的に舵を切り出した今年、Tesla株は急上昇しMuskの資産は膨れ上がった。しかし、個人で収める税金としては破格なこの金額は、日本の国家予算の1%以上ということになり、とんでもない数字だということを実感する。

世界の潮流になかなか乗り切れない日本では、昨年まではSDGs、BCP、CSRなどの言葉は「企業の社会貢献」や「コーポレートPR活動」などの枠で語られていた印象があるが、今年になって一部の大企業も重い腰を上げて動き出した感がある。

脱炭素の象徴のようなEVへのシフトが加速される現代で、今や脱炭素は業種を問わず生き残りをかけた企業戦略の重要な要件となっている。最近になって目立っているのが、大量の電気を必要とするデータセンター事業者の動きである。Amazonと三菱商事は国内に450か所以上の太陽光発電網を構築することを発表した。三菱商事が開発を主導し、大量の電力を必要とするAmazonのデータセンターに10年間にわたって電力を供給するという。このスキームによりデータセンター事業者による再生可能エネルギーの調達が電力会社の介在なしに直接契約で行われることになる。

  • Tesla

    TeslaのモデルXとモデルS (編集部撮影)

大規模なデータセンターを運営するNTTは、自社グループの再生エネルギー比率を80%とする高い目標を掲げているが、その実現のために日本にある電力会社を買収するのではないかという記事を見た。地方の電力会社の名前が具体的に上がっているが、既存の電力会社を買収してそのまま使ってもその高い目標を達成できるわけではない。個人宅や産業施設の蓄電池や、電気自動車のバッテリーに貯められている電気を有効利用するVPP(Virtual Power Provider:仮想発電所)のビジネスモデルを導入するために、電力会社が持っている良質の電力を安定供給するノウハウを手に入れるのが目的らしい。すでにある遊休リソースを利用してバーチャルなスーパーコンピューターの能力を提供する分散処理の方式は、コンピューターの世界ではすでに導入されており、今後ほかの領域にも広がる可能性を秘めている。

カーボンニュートラルの世界に踏み込んでいくためには大胆な発想の転換が必須である。

2.米中技術覇権競争と地政学的リスクの増大

今年は、半導体、電子機器、電気自動車から軍需まで、ほぼすべてのハイテク分野で米中の技術覇権競争が露骨になった年でもあった。

特に世界の半導体/電子部品のメッカである台湾はその技術覇権争いの緊張が集中する国となり、私は台湾がらみの話題には非常に敏感になってしまって、コラムにも取り上げる回数が多くなった。

その中でも半導体で存在感が益々強まるファウンドリの2強TSMC/Samsungが地理的に中国に近い事と、世界最大の半導体で米国テクノロジーの象徴のようなIntelがPat Gelsingerの復帰後も不調が続いたこともあって、各国・各社の動きも地政学的リスクを反映した政治的なものとなった。

特に、各国が提示する半導体地産地消を目指す巨額の補助金をめぐっての各社の動きが目立った。半導体投資の話題では暫く蚊帳の外にあった日本でも、TSMCが熊本に工場建設を発表し、一般国民には従来なじみが薄かった“半導体”、“TSMC”、“プロセス技術”などの用語がテレビのニュースでも聞かれるようになったのは私にとっては非常に新鮮な経験であった。しかし、政治家たちが声高に語る“半導体の地産地消”は高度にグローバル化した半導体サプライチェーンの構造との矛盾も明らかで、2022年は半導体デバイスの上流・下流での大きな動きが予想される。

  • TSMC

    TSMCの5nmプロセスを用いたウェハ (編集部撮影)

3.巨大プラットフォーマーへの当局の圧力高まる

GAFAMを代表とする米系の巨大プラットフォーマーはコロナ禍に喘ぐほかの産業をしり目に加速的な成長を遂げ米国経済をけん引した半面、個人情報保護、独禁法、法人税などの分野の各国当局からの圧力が高まった。

  • Google:自社開発のTensorプロセッサーを搭載したPixelやWindowsに対抗するChromebookなどのハードウェアへの積極的な進出が目立った。端末ハードウェア領域を抑えて、より付加価値の高いサービスを提供するプラットフォームとする狙いだろう。
  • Apple:今や“Apple Silicon”はAppleのほとんどすべてのハードウェアエンジンとなった。TSMCの最大の顧客となったAppleの半導体はIntelの業績にも直接的な影響を与えた。Appleは今後CPUのみならず他のデバイスも自社開発に動くと考えられる。
  • Facebook:巨大なユーザーベースを全世界に持つFacebookは、現在最も影響力のあるメディアの1つとなった。巨大化した私企業によるメディア支配の影響力に対する懸念の増大により、個人情報保護の観点から米国・欧州の当局からは圧力がかかる。“Meta”に社名を変更し、Metaverse(仮想空間世界)支配への足がかりを粛々と行っている印象がある。どうやらクラウドの向こう側にもう1つの世界が存在しているのは現実のようだ。
  • Amazon:創業者・CEOとしてAmazonを率いたJeff Bezosが退任し、AWSのCEOを務めたAndy Jassyが後任としてAmazon全体を率いることになった。Bezosは自身が保有する宇宙開発企業ブルー・オリジンの初の有人宇宙飛行を行った。
  • Microsoft:コロナ禍にある世界のリモートワーク就労者にとってはTeamsに毎日お世話になった向きも多いだろう。Microsoftは半導体の自社開発にも積極的で、SurfaceのCPUには自社製CPU採用機種が増えてきている。IntelのGelsingerが主導するIDM2.0のカスタマーとして早々と名乗りを上げたのは印象的だ。

これらの米国系巨大プラットフォーマーの加速的な成長に各国当局は目を光らせている。今年は世界蔵相会議でこれらのグローバル企業に対する世界課税も合意され、来年は独禁当局に加えて税務当局らとのせめぎあいが予想される。

米国での動きと並行して、中国では共産党中央部からの巨大プラットフォーマーへの規制が目立った年でもあった。巨大になり過ぎて共産党一党支配のコントロール領域を超えそうになったAlibaba、Weiboといった従来企業はその成長をひとまず抑えられた感じだ。中央政府の規制強化の動きが、イノベーションを追及しながら加速的成長を目指す中国のハイテク企業にどういった影響を与えるかが興味深い。

来年はこれらの多くの変化の兆しが現実化する年となる。ひとまずは年末年始の休養で来年への鋭気を養うとしよう。

今年もご愛読ありがとうございました。よいお年をお迎えください!