転換期を迎えつつあるスマートフォン市場

昨年、民族独立を掲げて住民投票を強行し独立を目指して立ち上がったスペインのカタルーニャ州の都市バルセロナで、毎年開催される携帯電話技術の世界的見本市「モバイル・ワールド・コングレス(MWC)」。今年も例年通り盛況のうちに終わったらしい。関連各社が競って新製品・新技術の発表の場と位置づけているので、これからの1年を見通すためには何としても外せないイベントである。特に、現代のIT技術を集約するプラットフォームとして主役は携帯機器であるので、おのずと報道にも力が入ってくる。他の展示会と同様に、国際見本市は最新の状況を反映していて、ざっと眺めると、各社のいろいろな事情が浮き彫りになって見えてくる。

昨年、AppleはiPhone Xを華々しくデビューさせたが、それに対して世界の携帯市場をリードするSamsungもMWC 2018にて新機種を発表したものの、新製品に搭載される技術には真新しさが感じられず、各報道とも「携帯市場に曲がり角?」という論調になった。筆者がざっと見ても、一台10万円以上するハイエンド・スマートフォンの新機能にどうしても使いたい機能・アプリは見当たらず、この価格帯でのこれからの商売は確かに苦戦するであろうことがうかがえる。折しも、昨年鳴り物入りで発表されたiPhone Xの販売がうまくいかず、大きく生産調整に入っていることもあって盛り上がりに欠けたところはあるだろう。対照的に大きな話題をさらったのは5Gに向けての技術に関する発表であろう。各社とも5Gの商品化を前倒しする計画を打ち出していて、早ければ今年の後半にも限定的なサービスが始まりそうである。まさにゲーム・チェンジングの高速伝送速度を提供する5Gは、業界そのものを変えてしまうポテンシャルがある。今のスマホ業界は5Gの大嵐がくるまでの静けさ言ったところか。

それでも今回のMWCでは、現代のスマートフォン技術をリードする3社、Apple、Samsung、Qualcomを追い落とそうとするカテゴリ2位以下のブランド、あるいは異業種からの参入に関する下記のような報道も目立った。

  • MediaTek:前回のQualcomについてコラムを書いた時にも触れたが(ところでBroadcomによるこの巨大企業の買収についてはその後ますます泥沼化している…)、宿敵MediaTekは2017年の挽回を期して、端末側でのAI機能を強化した新製品SoCを次々と発表した。この新型SoCは中国系のOppo、Vivo、Lenovoなどに採用され、中身も外身も中国製のスマートフォンが世界のリーダーなるSamsung、Appleを追う形となる。中国内の旺盛な消費パワーを十分に利用してくることが考えられ、Qaulcomにはますます強敵となろう。
  • Huawei:1987年、中国深圳で中国の国策通信会社のインフラ開発製造コントラクタとして発足したHuaweiは(成り立ちはかつての日本のNTT系の電気メーカーと類似している)、今やEricssonやNokiaと肩を並べるグローバル通信メーカーに成長した。Huaweiは今年のWMCで"今後1-2年のうちに台数ベースで世界2位のAppleを抜く"、というスマートフォン・ビジネスでの明確な目標を打ち出した。かなり大胆な目標であるが、価格がSamsungの2分の1、Appleの3分の1ということを考えると、自国の中国市場、新興国市場での飛躍的な成長が予想され、今後のスマートフォンの勢力図を塗り替える可能性が十分にある。熱烈なハイエンドユーザーを抱え別格のブランド力を誇るAppleよりは、むしろSamsungの強敵となるのは明白である。製品のコモディティ化が激しい現在のスマートフォン市場で首位を走るSamsungは非常に微妙な立場に置かれている。
  • Google:発表自体はあまり目立たなかったが、Googleが価格を50ドルに抑えたスマートフォンを発表したことは不気味である。Apple以外のスマートフォンのほとんどすべてのOSを握るGoogleは、その簡易版Android「Android GO」を搭載し、主記憶容量が1GBながら、ネットでの使用シーンを考えた、いろいろなソフト面での効率の良い仕組みを織り込んでいる。Googleは昨年台湾のスマートフォン・メーカーのHTCを買収したが、その最初の結果がすでに表れてきたと考えてよい。"ついに出てきたな"、という感じである。最もこの最初の製品は、シェアを取ろうというよりは、今後の本格参入へのマーケティング・リサーチ用と考えるべきだろう。
  • Intel:もはや世界最大の半導体会社という常勝の枕詞をSamsungに明け渡したIntelであるが、PC・サーバでの地位は揺らいでいない。MWCでは5Gモデムチップ搭載のPCを発表した。平昌五輪でも"Intel Inside"の広告は目立った、東京五輪ではNTTとの5Gでの協業を早々と発表。AI・IoT・ドローンなどと将来的な成長が見込める分野にはどこでも入り込んでいるようである。Intelはブランド強化のために長年巨額の投資を行ってきたが、いかんせんその製品・サービスを消費者が直に手に取って経験できないという大きな悩みを抱えている。Intelの企業認知度は圧倒的に高いのだが、肝心の"一体それが消費者自身に何の価値を持たらすのか?"、というところまで行くとまったく理解されなくなる(この辺の事情については過去記事「インテルインサイド・キャンペーンの本当の意味」をご参照)。
  • スマートフォンの利用イメージ

    いまだに何かと業界の話題の中心にあるスマートフォンであるが…

スマートフォン・ビジネスはこれからどこへいく?

巷にあふれるWMCのニュースをめくりながら強く感じたのは、スマートフォンのユーザーの関心事が明確にスマートフォンそのものから「それで何ができるのか?」というユーザー・エクスペリエンス(UX)に移ったことである。いきなり英語の表記になってしまうのは、この言葉にはしっくりとくる日本語訳がないからである。もともとマーケティングという考えがない日本のビジネスでは、この考え方だけはどうしても根付かなかったと思える。ハード志向が強すぎる日本ではどうしても、性能・品質・価格という言葉でくくられてしまうようであるが、このユーザー・エクスペリエンスこそが今スマートフォンユーザーが求めていることなのは明らかである。今後もハードウェアとしてのスマートフォンにはどんどん改良がくわえられ、使い勝手もよくはなると思うが、実際にユーザーは必要な機能はほとんど手に入れてしまった。極端な話をするとスマートフォンはテレビのリモコンのようなものになってしまったのだと思う。ユーザーはせわしなく動かす指の動きで何ができるかにより関心がある。

中国のスマホ決済についての話題が盛んである。かつては現金支払いが長年の主流であった中国ではスマホ決済へと大きなシフトが起きている。10億人というとんでもない国内ユーザーを抱えるチャットアプリ「微信(ウィチャット)」を運営するテンセントの小売りビジネスへの仕掛けがこれからのスマートフォン・ビジネスを根本から変える可能性がある。テンセントは自分のお気に入りのレストラン、洋服店、小物店などの情報をひとまとめにしてユーザーに提供するサービス「ミニプログラム」を開始した。簡単に言ってしまえば、各店の専用アプリがいっぱいコンパクトに詰まった1つのアイコンのようなもので、その中から自分の所望のモノ、サービスのアイコンをタップすればあとはテンセント側のAIがユーザーの位置情報、テイストなどをもとに一番簡単な取得方法に導いてくれるというものである。ここでは最早スマートフォンはテレビのリモコンのように、番組表に導いてくれるボタンのようなものになってしまっている。Google、Amazon、楽天などが本格的にスマートフォン・サービスなどに打って出てくるのは時間の問題だろう。その場合、ただ同然で提供されるであろうスマートフォンの画面にはどのようなアイコンが並ぶかは容易に想像できる。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

・連載「巨人Intelに挑め!」を含む吉川明日論の記事一覧へ