秋も深まってきて通常であれば紅葉の行楽シーズンであるが、今年はコロナの影響で私は地元での紅葉鑑賞ということになった。毎日歩き回るご近所でも季節の変わり目には異なった顔を見せるものであることに気づく。秋晴れの日だったので日ごろの運動不足解消もかねてぶらりと徒歩圏内の地域を歩き回っていて、ふと神社に立ち寄った。

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    神社の木々の紅葉がすでに始まっている

元来マーケティングオタクの私は身の回りで起こっていることをすべてマーケティング的に考えてしまう癖がある。ちょっと前になるが「焼鳥屋のマーケティング」という記事を書いたが、今回は秋の深まるある日に偶然立ち寄った神社でマーケティング的妄想が始まってしまった。それで今回は神社で目にしたものを題材にコラムに書くことにした。

厄年表は神社が提示する人生のロードマップ

神社に入ってまず目にするものが厄年表である。神道では厄災が多く降りかかる年があらかじめ定義されていて、人間が歳を重ねるにしたがって通過するある絶対年齢に達する前の年(前厄)、その年(本厄)、翌年(後厄)に「厄除け払い」なるものを推奨している。人が歳を重ねるごとにいろいろな問題をしょい込むようになるのはごく自然なことであるが、神様から「あなたにとって今年は大変によくない!!」などと正面きって言われると、誰でも結構なコストを払ってでも「厄除け払い」をしたい気になってしまう。

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    厄年の表は周期律表、あるいはCPUのロードマップにも見える

厄年表は神社の入り口の一番目立つところに配置してあって、それは一見“周期律表”のように見えるが、その実際の意味は“人生のロードマップ”ともとれる。そこで私はすぐさまCPUのロードマップを思い浮かべた。経年変化とともにリフレッシュを繰り返すこの行為は、絶え間のない進化によって成長を担保するマーケティングの基本的な考え方であり、リフレッシュによって新技術を積極的に取り入れることが経済全体の原動力となっている。神社の厄年表は、降りかかる問題を回避あるいは解決しながら心機一転し、より豊かな人生を成就しようという人生のロードマップなのである。

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    CPUロードマップの例

厄年はとうに過ぎてしまった私ではあるが、神社に足を踏み入れてマーケティング的妄想に浸っていると、これはさすがに罰当たりな行為になるのではないかと思い、足を御守りの販売部に向けた。

人生の各局面に立ち向かうための活力発生ビルディングブロック「御守り」

私が興味を持ったのは、御守りの種類・ご利益とその価格構造がどうなっているのかという問題だ。人生にはいくつかの重大局面が待ち構えている。学業、生業、結婚、出産、健康などがこれに当たる。これらの局面は時に困難を突き付けることもある。人はそれを乗り越えながら人生を歩んでゆく。しかしその局面で神様のお助けを求めることもあろう。いわゆる「神頼み」という局面である。そうした人々の願いを受け止めるのが「御守り」である。

販売部にいる巫女さんとの会話で明らかになったのは下記のようなものである。

  • 神社では「販売」という言葉は一切使わず、その料金も「初穂料(はつほりょう)」と呼び、あくまでも神様へのお供えという扱いである。
  • 御守りの種類は「ご利益」によって分かれていて、それらは前述の人生における各局面に対応するように各種取り揃えられている。それらはほとんど均一価格のように見えるが、中にはかなり高価なものもある。一定の価格体系は突き止められなかった。
  • 複数の神社を訪ねた結果、すべてに共通する「市場価格」なるものは存在しないようであるし、神社によってまちまちに決められている。
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    神社では「ご利益」が異なる色とりどりの御守りが用意されている

ここでふと思ったのがコンピューターを構成するビルディングブロックである。1980年代AMDは「ビットスライス型CPUビルディングブロック」というバイポーラ製品を販売していた。固定命令型のIntelの8ビットCPUである8080シリーズとは異なり、高性能コンピューターのCPUを構成する各機能ブロックを「ビルディングブロック」として各顧客にカスタムソリューションを提供していた。Am2901(ALU:基本4ビットの演算ユニット)を中心にレジスターファイル、シーケンサー、マルチプレクサー等の基本ブロックを始めとして乗算機、浮動小数点演算ユニットなどの複雑な回路もいわゆる「ばら売り」で提供した。基本が4ビットの構造なので4個つなげれば16ビット、16個つなげれば32ビットのCPUとなる。命令セットも固定ではなく、所望のアプリケーションに最適なものをマイクロプログラムによって生成する。これにより各顧客が高性能カスタムCPUを構成できる仕組みだった。私が1986年にAMDに入社した時にAMDは毎週新製品を発表するという広告キャンペーンをやっていて、その中にはこうした製品が次々と紹介されて私はそれらが何の機能を果たすのかをいちいち技術部の人に聞かなければならなかった。今から思うと、大変にいい勉強になったと思う。

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    AMDが1986年に開始した“Product A Week”キャンペーン (著者所蔵イメージ)

今でさえCPUと言うと1チップの高集積半導体パーツのことを指すが、かつてコンピューターのCPUは機能別の複数のパーツの組み合わせの時代があったわけである。これらの重要パーツをAMDは“ビルディングブロック”と呼んでいた。その時の記憶が神社の御守りとつながって、私のマーケティング的な妄想が「人生を豊かにするビルディングブロックとしての御守り」という発想になった。そう考えると、特定のご利益(機能)別に分けられている御守りはAm2901シリーズのようなビルディングブロックのイメージに近く、個々のご利益をまとめた形の「開運」のお守りなどは固定命令型の8080に近い。

もとより神社にマーケティング的発想があるとは思わないが、カスタム型アプローチと汎用型のアプローチがあるのはどの世界でも共通なものであるように思う。

以上は神社を訪れた際の私の唐突なマーケティング的妄想であるが、限られた状況で想像力を働かせるのはそう悪いことではないと思う。