第665回で取り上げた、人工知能(AI : Artificial Intelligence)を援用するF-35の戦闘識別の話は、基本的には対空捜索を想定したものと考えられる。ただし電磁波の発信源という話になると、航空機だけでなく、地対空ミサイルや対空砲といった防空システム、さらにはそれらと併用する対空捜索レーダーや射撃管制レーダーの話も入ってくる。
では、その他の分野はどうだろうか。ということで今回と次回の2回にわたり、海戦の話を取り上げてみる。
目視による艦型識別
昔はどこの国の軍艦でも、艦型識別資料を備えていたようである。側面から見たシルエットを参考にして、上部構造物の形状、マストの数や位置、煙突の数や位置、といった情報を手がかりにすることで、見つけた艦が何者なのかを調べる使い方をする。
ジェーン海軍年鑑(Jane’s Fighting Ships)を見ると、主要な艦については外観写真に加えて側面図も載せているが、これはおそらく識別の用に供するという意図もある。
平時の警戒監視任務では、洋上で発見した艦の正体を知ることは重要だ。海上自衛隊の哨戒機や艦艇が、日本の近隣で日常的に行っていることである。この場合、戦時と違ってミサイルが飛んでくることはないはずなので、近接して目視確認する形が基本となる。もっとも、ときには艦載砲を指向されるぐらいのことは起きるが。
では実戦はどうか。現実問題として、水上艦同士が視界範囲内まで近接して撃ち合うような場面は、まず起こらなくなった。対艦ミサイルが出現して、発達しすぎたためである。
長射程の対艦ミサイルを使えるなら、わざわざ敵艦の近くまで出張るリスクを冒す必要はないし、そもそも、敵艦に近接する過程でミサイルが飛んできてしまう。すると、敵艦が視界範囲内に入ってきたところで艦型識別をして相手が何者なのかを知る、というプロセスそのものが出番を失う。
すると、対水上戦(AsuW : Anti Surface Warfare)における識別は航空機の捜索・探知と同様に、レーダーとIFF(Identification Friend or Foe)に頼らざるを得ない。もちろん、艦艇にはIFFトランスポンダーもIFFインテロゲーターも載っているから、誰何することも、誰何に対して応答を返すこともできる。
戦時における例外は、潜水艦が水上艦を襲撃する場面。海中にいる潜水艦はレーダー捜索を行えないし、潜望鏡深度まで浮上してレーダー捜索を実施すれば、自らの存在を暴露してしまって具合が悪い。
だから、ソナーの情報に加えて、潜望鏡による観測を併用する場面が出てくる。そこでは、目視による艦型識別が必要になる。しかも、短時間の間に行わなければならない難しさがある。長々と潜望鏡を海面に突き出していたら、自艦の存在がバレる。
レーダー・IFF・AISで敵味方を識別する
艦型識別ではなく敵味方識別という話になると、昔はえらくアナログな方法を用いた事例があった。
つまり、マストに信号燈を掲げたり、吹き流しを取り付けて引っ張ったりする方法である。信号燈の色や数、吹き流しの形や色、といった情報を味方同士で共有しておけば、敵味方の区別がつくという理屈である。
しかしこれは目視に依存する情報だから、彼我の艦艇が近接している場面でなければ意味がない。ミサイルによる遠距離交戦では、そもそも互いに彼我の艦艇が視界範囲内に入らないのが普通だから、吹き流しや信号燈を見る機会がない。
さて。彼我の艦艇が視界範囲内まで近接して撃ち合うことがなければ、敵艦がいる海域と味方がいる海域はそれぞれ離れていて別個のもの、という考え方が成立する。それに、無関係の商船は交戦海域を避けて通るだろう。つまり「海域を分ける」という話である。
すると、レーダーでも何でもいいが、水上目標を探知したときには「この海域に味方がいるはずがない、出会え ! 出会え !」となる、という見方もできる。
ただし、商船がやむなく交戦海域に入らざるを得なくなる事態、あるいは間違って紛れ込んでくる事態が皆無とはいえない。誤射のリスクは避けたいから、実際には識別を省略していきなり撃つことはしないはずだ。
そこで現実的に考えると、レーダーとIFFだけでなく、船舶自動識別システム(AIS : Automatic Identification System)の情報を併用したいところではないか。AISのデータとレーダー探知の情報を重畳すれば、個々のレーダー探知ごとに正体を確認できる。
これはAISの情報が常に正しいという前提に立脚しているが、そもそもAISを切っている、あるいはAISに虚偽の情報を設定しているような「疚しいことをしているフネ」は撃たれても仕方ないだろう。といいきってしまうのは暴論か。
海域を分けて誤射を防ぐ
「海域を分ける」という考え方は、潜水艦を配置して敵艦隊を迎え撃たせる場面にも応用が利く。
昔は狼群戦術などといって、ひとつの艦隊や船団に対して複数の潜水艦が襲撃を仕掛けたものだが、果たして昨今はどうか。そもそも、狼群を構成できるほど多数の潜水艦を持っている国は限られる。
それに、第二次世界大戦中みたいに夜間に浮上して襲撃するならともかく、潜航したままでの襲撃となると、敵味方の識別が面倒になる。前述したように、ソナーと潜望鏡の目視観測にしか頼れない。
それなら、ひとつの哨区に潜水艦を1隻ずつ配置する方が分かりやすい。個々の潜水艦にとっては、「潜水艦でも水上艦でも、探知したら、それは敵」となるからだ。技術的な敵味方識別ではなく、運用で工夫をする話になる。
これは対潜戦(ASW : Anti Submarine Warfare)でも同じで、「この海域に味方の潜水艦はいない」と分かっていれば、「探知した潜水艦は敵のもの」といえる。もちろん、音響情報などによる識別は必要だが、そこで「この海域に味方の潜水艦はいない」と分かっていれば、友軍相撃のリスクに関する安心感は増す。
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。

