艦艇の話がずいぶんと長く続いてしまったので、「他の領域の話も取り上げなければ」ということで、陸上装備に場を移してみようと思う。そして最初のお題は、近距離防空、業界用語でいうところのSHORAD(Short Range Air Defence)である。なお、射程が短いものを特に分けてVSHORAD(Very Short Range Air Defence)と称することもある。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

本土・拠点防空と野戦防空

もうずいぶん前の話になるが、本連載の第117回で「野戦防空」の話を書いた。

前線に出て、敵の地上軍と交戦する我が地上軍は、当然ながら敵軍の経空脅威に直面することになる。つまり、戦闘機、地上攻撃機、攻撃ヘリコプター、自爆突入型無人機といったものだ。また、砲撃やロケット攻撃も経空脅威の内に入るだろうか。

そこで防空の傘を差し伸べるのが野戦防空。移動しながら交戦する地上軍に随伴できないと仕事にならないので、野戦防空のための資産は当然ながら、移動することが前提となる。よって車載式、可能であれば自走式ということになる。

  • 米陸軍のアヴェンジャー防空システム。HMMWV(High Mobility Multi-Purpose Wheeled Vehicle)に、スティンガー地対空ミサイル・4発を収めたポッドを2基載せている Photo : US Army

    米陸軍のアヴェンジャー防空システム。HMMWV(High Mobility Multi-Purpose Wheeled Vehicle)に、スティンガー地対空ミサイル・4発を収めたポッドを2基載せている Photo : US Army

一方、本土の都市や重要施設を経空脅威から護るのであれば、護る相手は移動しない「不動産」だから、防空のための資産も固定設置で用が足りる。最近はこの手の装備が少なくなったが、弾道ミサイル防衛では話が別。極端なところでは、アメリカのGBI(Ground Based Interceptor)みたいに、地下に穴を掘ったサイロに迎撃ミサイルを格納している事例もある。

  • サイロに収容された状態のGBI(Ground-Based Interceptor)。立っている人との比較から、かなり大きいミサイルだと分かる Photo : US Army

    サイロに収容された状態のGBI(Ground-Based Interceptor)。立っている人との比較から、かなり大きいミサイルだと分かる Photo : US Army

固定設置なら、ミサイルも、レーダーを初めとするセンサー機材も、それらを管理下に置く指揮管制システムも、みんな固定設置すればよろしい。ところが野戦防空の場合、これらはすべて移動できなければならない。

昔は自己完結型が主流だった

艦載防空システムは、長射程の艦隊防空用だろうが、短射程の個艦防空用だろうが、発射機、レーダーなどのセンサー、射撃指揮システムで構成するシステム一式を、まとめてフネに載せている。

では、陸上の防空システムはどうか。

長いレンジを持ち広域をカバーする、例えばMIM-104パトリオット(PATRIOT : Phased Array Tracking Radar Intercept on Target)みたいなシステムでは、捜索レーダー、射撃統制システム、発射機などを別々の車両にしている。ところが、これだといちいち車両同士をケーブルで接続して「店開き」する手間がかかる。

今回のお題であるSHORAD分野では、捜索レーダー、射撃統制システム、ミサイル発射機や機関砲といったエフェクターを、1両の車両にまとめて搭載する形が多い。1両にすべての機材を揃えてあれば、位置についてシステムをパワーオンすれば、すぐに交戦が可能になる。

機関砲、あるいは短射程の地対空ミサイルを使用するようなコンパクトなシステムであれば、一式を車載化するのは難しい仕事ではない。例えば、筆者が現物を見たことがある製品でいうと、旧ソ連製の9K33オサ(NATOコードネームはSA-8ゲッコー)がある。捜索レーダーとミサイル発射器を装輪装甲車の車体に載せていて、これでワンセット。完結している。

  • 他に写真の手持ちがないので、同じ個体が何度も出てくるのだが、SA-8ゲッコーである 撮影:井上孝司

    他に写真の手持ちがないので、同じ個体が何度も出てくるのだが、SA-8ゲッコーである 撮影:井上孝司

自走対空機関砲の類も同様で、旋回砲塔に捜索レーダー、射撃指揮用のレーダー、そして機関砲を組み込んであるのが一般的。

その代わり、ハンデもある。必要な機材一式を1両にまとめてあれば自己完結性は高いが、必然的に、そこで使用するレーダーは小型でレンジが短いものになりがちだ。つまり捜索できる範囲が限られる。それは、上のSA-8の写真を見ていただければ理解しやすい。

もちろん、SHORADシステムが使用する地対空ミサイルは射程が短いから、それに見合ったレンジがあればいいんじゃないの? という考えにも一理ある。

しかし、レーダーのレンジが短いということは、敵が近くまでやって来てから即時交戦しなければならないということ。もっと早いタイミングで敵の来襲を把握できれば、もっと余裕を持って交戦できるのではないか?

しかし、長距離の捜索が可能なレーダーは、その分だけ大型化するし、重くもなる。それでは、システム一式を1両にまとめるのは難しい。かといって、レーダーだけ外付けにすると、それはそれで店開きが面倒になる。

野戦防空はスタンドアロンだったが限界も

1両で完結する防空システムがスタンドアロン交戦する場合、別の種類の問題もある。

「自前のセンサーで分かる範囲のことしか分からない」に加えて、「全体の調整が難しい」という話が出てくるのだ。個々の防空システムがてんでばらばらに交戦すれば、二重撃ちや撃ち漏らしのリスクがついて回る。つまり全体最適にならない。

しかも、脅威は多様化している。昔なら戦闘機と攻撃ヘリコプターのことだけ考えていればよかったが、近年では砲弾や弾道ミサイル、さらには自爆突入型無人機なんてものまで飛んでくる。敵軍の“眼”をつぶす観点からすれば、偵察用の無人機も撃ち落としたい。

それに加えて、脅威の能力は向上している。迎え撃つ防空システムの側が、レンジが長いレーダーやエフェクターを用意して、より遠方で交戦できるようにする。すると脅威の側も同じ仕儀となり、防空システムの射程外から、アウトレンジ交戦を仕掛けようとする。いたちごっこである。

そうなると、スタンドアロン交戦に任せるのでは限界がある。まず、高性能で長い探知可能距離を持つセンサーで全体状況を俯瞰する。そして射程の長短が異なる複数の防空資産を配備して、相手との位置関係によって使い分ける。その際に、全体状況を俯瞰して脅威評価を行った上で、個々の地対空ミサイルや対空砲に目標を割り当てて交戦させる。そんな仕掛けが不可欠になってくる。

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。