別連載「航空機の技術とメカニズムの裏側」で、空中給油の自動化について取り上げたことがある。米国防高等研究計画局(DARPA : Defense Advanced Research Projects Agency)のAARD(Autonomous Aerial Refueling Demonstration)計画や、エアバスのA3R(Automatic Air-to-Air Refuelling)計画といったものだ。
これらの計画で実際に行われたように、空中給油については実機を用いた試験を行えるところまで話が進んでいる連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
給油機側の操作と受油機側の操作
御存じの通り、空中給油には給油機(タンカー)に乗ったブーム・オペレーターが操作する給油ブームを受油機(レシーバー)のリセプタクルに突っ込む「フライング・ブーム方式」と、タンカーが繰り出して曳航するドローグホース先端のバスケットにレシーバーが受油プローブを突っ込む「プローブ・ドローグ方式」がある。
後者の場合、プローブを突っ込む操作はレシーバーの操縦士任せで、タンカーは水平直線飛行に専念する。だからタンカーを無人化するのも比較的容易で、それを具現化したのが米海軍のMQ-25スティングレイということになる。上の写真はKC-30とF/A-18ホーネットの組み合わせで、プローブ・ドローグ方式を用いている。
それと比べると、フライング・ブーム方式を自動化する方が難易度が高い。タンカーのブーム・オペレーターは、自機とレシーバーの相対的な位置関係を把握しながら、ブームを操らなければならない。それを自動化するため、AAR計画ではステレオカメラの立体映像を活用している。
なお、複数のヴィークルが平行して移動しながら燃料を補給する操作は、空の上だけの話ではない。海の上でも、洋上補給(RAS : Replenishment at Sea または UNREP : Underway Replenishment)が昔から行われている。給油艦が相手の艦に向けてホースを繰り出して燃料を補給するほか、ワイヤーに貨物を吊るして、ドライ・カーゴを移送することもできる。
RASを行う際には、まず受給側のフネから補給艦に向けて、舫銃を使って細いワイヤーを飛ばす。実際に使用するのはもっと太くて丈夫なワイヤーだが、それをいきなり渡すのは無理があるので、こういうやり方になっている。
補給艦の側では、その細いワイヤーを受け取ったら、実際に補給作業で使用するワイヤー(スパン・ワイヤー)をつなぐ。それを受給艦の側で引っ張って取り込めば、受給艦と補給艦の間にワイヤーを張ることができる。やっていることは、舫をとるときの作業に似ていなくもない。
こうして2隻の間でワイヤーを張り渡したら、その下に給油蛇管を吊るして繰り出したり、ワイヤーにドライ・カーゴを吊るして送り出したりできるようになる。
NOMARS計画と無人化RAS
と、ここまでは前置きである。
DARPAが進めているプログラムのひとつに、NOMARS(No Manning Required Ship)計画がある。これは、洋上で長距離・長期の自律航行が可能なフネの概念設計を実現しようとするプログラム。
もちろん、航続距離が長いフネにすることも大事だが、洋上給油ができれば、さらなる長期行動が可能になる。しかし、自律航行する無人船(USV : Unmanned Surface Vessel)が前提だから、人手による洋上補給はできない。
先に挙げた給油機の話みたいに、補給艦だけでも有人にできれば……と思いたいところだが、人命を危険にさらしたくない、危険度が高い海域に送り込めるのがUSVの利点。そこで有人の補給艦を送り込むのは、人命に関わるリスクが大きく現実的ではない。なんのために無人化するのか分からなくなってしまう。
そこでDARPAは、2隻のLUSV (Large USV)を使った「無人洋上給油」の実験を実施した。実施した時期は不明だが、発表があったのは2024年11月19日のこと。そこで使用したのが、第471回でも名前が出てきた米海軍のUSV「レンジャー」と、「マリナー」である。
DARPAの説明では「人手による介入は行わず、作業は無人で自動的に実施した」となっている。口でいうのは簡単だが、実行するのは簡単ではなかったはずだ。
無人化RASの何が難しいか
まず、RAS/UNREPを実施する際には、2隻のフネが近接して、同じ速度で平行して航走しなければならない。風や波浪などの影響を受ける中でこれをやるだけでも、実は簡単な仕事ではない。
うっかりすると、近接しすぎたり離れてしまったりする。近接すれば接触・衝突の危険が出てくるし、離れれば作業ができなくなる。しかも、スパン・ワイヤーがちぎれ飛んでしまって危ない。
よって、一定の間隔を保ちながら並行航走する作業を自律制御で実施するところが、第一のハードルとなる。
次に、前述したRAS/UNREPのプロセスを自動化・機械化するところが第二のハードル。細いワイヤーを飛ばし、それにスパン・ワイヤーをつないで送り出し、両端を固定した上でホースを送り出して受け口に突っ込んで……というプロセスを、人手による介入なしに実施する。考えただけで頭が痛い。
ワイヤーを渡したり、ホースを脱着したりするところでは機械的な操作が不可欠になる。ところが、その操作を行うための位置決め、あるいは位置の把握では、おそらくはカメラによる立体映像の把握が必要になると思われる。どのように実現しているのか、おおいに興味が持たれるところだ。
あいにくと、DARPAが公表しているのは、すでにスパン・ワイヤーを渡してホースをつなぎ、燃料補給を始めた状態の写真だけ。だから、こうしたプロセスをどのようにして解決・実現したのかは分からない。
ただ、人手でRAS/UNREPを行うときと同じプロセスをそのまま機械化・自動化したんだろうか? という疑念はある。機械化・自動化するにはいささかハードルが高そうな話であり、作業の内容や手順を見直した可能性も考えられよう。
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。



