先日、イギリスを訪れたときに、ロンドンのテムズ川、タワーブリッジの西側で記念艦として繋留展示されている、英海軍の軽巡洋艦「ベルファスト」を訪れてきた。ロンドンのド真ん中で展示されている艦だから、訪れたことがある方は少なくないのではないだろうか。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
戦後も長らく現役にあった「ベルファスト」
「ベルファスト」は1939年8月に就役した、まさに「第二次世界大戦世代」の艦。しかし、退役したのは第二次世界大戦の終結から18年も経過した後の、1963年8月である。その艦に海戦の分野では、大幅な技術の進化があった。それでは、第二次世界大戦中の姿・そのままでは有用な戦力にならない。
米海軍では、第二次世界大戦中に使われていた艦を戦後も使い続ける過程で、砲熕兵器をミサイルに載せ替えるような大手術を実施した事例がいくつもある。「ベルファスト」はそこまではやらなかったが、対空機関砲の載せ替えやレーダーの追加搭載・新型化といった改造はあった。
だから、戦闘指揮の中枢であるオペレーション・ルーム(米海軍式にいうと戦闘情報センター、CIC : Combat Information Center)でも、明らかに戦後派と思われる機材がいくつも並んでいる。主として、レーダーの表示装置や射撃指揮に関わる機材である。
その辺の事情は、同様の経過をたどった他国の艦も似たり寄ったり。誰でも見られる艦として例を一つ挙げると、サンディエゴで博物館になっている空母「ミッドウェイ」がある。この艦は1991年まで現役にあったから、「ベルファスト」以上に装備の変化が激しい。
ありがたいことに「ミッドウェイ」ではCICも公開エリアに入っているから、現役末期にCICに設置されていた機器を生で見ることができる。「ベルファスト」と違い、データリンク機器まで載せたのだから、変化の度合は大きい。
機器が増えれば面倒なことも起きる
実のところ、「第二次世界大戦世代の艦を使い続けるために機器を増設したり新形化したりする」といっても、口でいうほど簡単な仕事ではない。
まず、機器を設置するための場所が要る。「ベルファスト」のオペレーション・ルームは、このクラスの艦としてはなかなか広々しているという印象を受けたが、そういうスペースを確保できる艦ばかりとは限らない。
実際、アメリカのマサチューセッツ州フォール・リバーにある「バトルシップ・コーヴ」で展示されているギアリング級駆逐艦「ジョセフ P.ケネディ Jr.」(DD-850)のCICは、狭苦しいところに機器が詰め込まれていて、なかなか窮屈そうだった。
もともとオペレーション・ルームやCICがある艦ならまだいいが、そういう発想がないままに設計・建造された艦では、艦内区画配置をガラッと変えなければならない場面もあり得よう。でも、それをやらないと、新たな戦闘環境には対応できない。
スペースの問題だけではない。レーダーみたいな大物になると、重量も問題になる。ことにレーダーは、視界確保のために高いところに登りたがるものだが、「マストの上の方に載せよう」と思っても、構造物が機器の重量に耐えられるかどうか。構造物の補強や新設が必要になっても不思議はない。
実際、1945年に撮影された「ベルファスト」の写真と現況を比較すると、前後にあった華奢そうなマストが、もっと頑健なものに取り替えられている様子が分かる。「ミッドウェイ」も、艦橋構造物の外見は竣工当初と末期とで、まるで違うモノになっている。
そして、レーダーやコンピュータみたいな「電気製品」が増えると、発電機の能力も問題になる。電気製品は発熱を伴うから、換気・空調の能力にも影響が及ぶ。
兵装が変わると艦の構造にも影響が及ぶ
第二次世界大戦中の艦艇はたいてい、砲熕兵器しか載っていなかったが、戦後に「ミサイル時代の到来」という大変化が起きる。実は、これが艦の構造や内部配置にも大きく影響する。
砲熕兵器はたいてい、旋回・俯仰が可能な砲塔があり、その下方に弾庫や火薬庫を配置している。発砲する際に、そこから砲弾や装薬を砲塔に上げる仕組みである。つまり、砲塔を構成する一式は縦方向にスペースをとる。
ところがミサイル発射機は、そうとは限らない。モノによっては砲熕兵器と同様に、旋回式の発射機の下に弾庫を設けることもあるが、ミサイルが大きく、長くなるとそうも行かない。横向きに搭載したミサイルを、発射機に向けて繰り出す仕組みにすることもある。
発射機を、旋回・俯仰が可能な形で設置するスペースを確保するだけでは済まない。そこに次弾を装填できる場所に、弾庫を確保しなければならない。
「ジョセフ P.ケネディ Jr.」では、後部煙突の後方に箱形の構造物を増設して、ここに魚雷やASROC(Anti Submarine Rocket)を搭載している。そこから出したASROCは煙突の脇を通り、前部煙突の直後に配された発射機のところまで持ってきて、旋回・俯仰が可能な装填装置で送り込む仕組み。それを1発ずつやらなければならない(ああ面倒くさい)。
同じ8連装の “ペパーボックス” 発射機を使っていても、最初からそのつもりで設計した艦は、もっと合理的だ。海自の護衛艦の多くは艦橋直下に弾庫を設けて、艦橋前部に設置したASROC発射機に直接装填できるようになっている。
こういうところで、「ありもの」の艦に後から手を加えようとすると、面倒が生じる場面があるのだなと分かる。ミサイル発射機なら射界が問題になるが、レーダーなら視界に加えて電波干渉の問題も出てくる。
既存の艦を大改造して使い続けるのは、なかなか骨が折れる仕事。だから、理想は「新しい酒は新しい革袋に」だが、実際には予算などの問題もあり、あれこれ苦労して改造しなければならないこともある。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。