今回のお題は、前回に引き続いて潜水艦。前回は、「潜望鏡」「ソナー」「レーダー」といったセンサー群がバラバラの状態から、ひとつの中央コンピュータの元に統合されるようになった、という話を取り上げた。しかし、そこで引き合いに出したAN/BSY-1は20世紀末期の製品。21世紀の製品はもっと進んでいる。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

AN/BYG-1はどうか?

AN/BSY-1や、改良型であるAN/BSY-2の後に登場したAN/BYG-1も、基本的な考え方は似ている。ただしもちろん、登場時期が新しい分だけコンピュータ機器のダウンサイジングやCOTS(Commercial Off-The-Shelf)化が進んでいるはずだ。

  • ヴァージニア級攻撃原潜の艦内。ただしこれはかなり古い時期の撮影なので、現在は内容が変わっている可能性が高い 写真:US Navy

AN/BYG-1は米海軍の潜水艦だけでなく、豪海軍のコリンズ級でも導入している。そこで同級の戦闘システムに関するブロック図を見ると、ソナーに関わる部分は独立した別システムになっていて、AN/BYG-1との間はゲートウェイを介してつながっている。その他の、潜望鏡、航法システム、武器管制システムといったあたりは、AN/BYG-1に直接つながっている。

これは、もともと別の戦闘システムで動いていたコリンズ級に、後からAN/BYG-1を載せたためと考えられる。ソナー機器は既存のものを使うが、それは米海軍の制式装備ではない。そこで、ソナーはゲートウェイを介して接続する形にしたのだろう。

個別の機能を分散せず、すべて単一の中央コンピュータで処理する形態では、こういう仕掛けは実現できない。中央コンピュータが戦術情報の処理と意思決定支援に専念して、その他の機能を外部に切り出しているから、他国の艦に “頭脳” の部分だけ組み込むようなこともできる。

分散ネットワーク化した海自潜水艦

海上自衛隊で最新の潜水艦といえば「たいげい」型だが、このクラスは完全に分散化した戦闘システムを備えるだけでなく、それを艦制御の機能とも統合している。

「たいげい」型の前に建造した「そうりゅう」型では、戦闘システム用のコンソールがMFICC(Multi Function Intelligence Control Console)という汎用品になった。複数のMFICC、それとESM(Electronic Support Measures)、潜望鏡、レーダー、そして射撃指揮システム。

これらをすべて、基幹信号伝送装置と呼ばれる艦内LANにつないである。そして、これらのシステムが扱うデータは、情報処理装置(TDBS : Target Data Base Server)で一元管理する。

ソナーの探知情報は、ソナー・システムが持つのではなくTDBSに入れる。TDBSから引き出したデータに、艦位などの情報を加味して戦術情況を組み立てたら、それを戦術状況表示装置の画面に出す。いざ交戦となったら、射撃指揮システムはTDBSから必要なデータを引き出して、魚雷や対艦ミサイルといった武器に所要のデータを入力して発射する。

MFICCは汎用コンピュータだから、ソフトウェアの入れ替えによって、さまざまな戦闘機能に対応できる。そういうところは米海軍のAN/UYQ-70シリーズと似ている。処理内容ごとに専用のコンピュータを置く形ではないから、あるMFICCで射撃指揮を行いたければ、射撃指揮用のソフトウェアを走らせて、必要なデータをTDBSから引き出せば済む。

こうした構成では、基幹信号伝送装置とTDBSの可用性を確保することが最大の課題になる。これがダウンしたらすべてがアウトになるからだ。

「たいげい」型はどうか

「そうりゅう」型の次に登場した「たいげい」型はどうか。

  • 潜水艦「たいげい」。就役したばかりのタイミングで撮影したので、まだ艦名と艦番号を消していない 撮影:井上孝司

同級は戦闘システムだけでなく、バラスト・タンクの注排水をはじめとする艦制御の機能も、汎用型のコンソールを用いて操作する形になっている。してみると、戦闘システムだけでなく艦制御の機能も、同じネットワークに加わっているのではないかという話になる。

そのコンソールは、「そうりゅう」型のMFICCと同様に汎用型で、ソフトウェアを替えれば機能が変わる。だから、ソナー、発射管制、注排水、レーダー、ESMといった多彩な機能に対応できる。いちいち「発射管制用コンソールのところまで移動して、そこでコンソールを立ち上げて……」としなくても、今いる場所のコンソールで仕事ができる。

また、電子海図の情報と探知目標の動向をはじめとする戦術情報を重畳する仕組みがあり、発令所に独立した戦術情報表示装置はない。航行と戦闘に関わる情報は、一つの画面にまとめて出てくる。

しかも、艦内ネットワークにつながったコンソールやディスプレイがある場所ならば、その情報を艦内のどこにいても見られる。例えば、戦術情況表示用のディスプレイを、発令所だけでなく士官室や発射管室にも設置すれば、艦内の広い範囲で情報共有ができるわけだ。

艦制御まで統合化することの意味

他国の潜水艦(に限らず水上戦闘艦も同じだが)では、艦制御の機能と戦闘システムは独立しているのが一般的。しかし、その両方を自国で開発していれば、統合化したシステムを開発することもできる。

といっても、統合化そのものが目的というわけではなく、何かを達成するための手段である。では、戦闘システムだけでなく艦制御の機能まで同じシステムに統合して同じネットワークに組み込み、同じコンソールを使用することのメリットとは何か。

それはおそらく、運用の柔軟性にある。例えば、浮上航行中に行会船との衝突を避けるにはレーダーが不可欠だが、レーダーのコンソールと海図台が離れていると、いちいちレーダー担当から口頭で報告をもらわなければならない。海図台の手近にあるコンソールでレーダーの機能を呼びだせば、状況把握を円滑にできる。

そして潜水艦では、艦制御の機能と戦闘の機能が密接に関わっている。パッシブ・ソナーによる探知・捕捉・追尾の過程では、針路や深度を変換する場面がある。接敵したり、逃げ出したりする場面もそう。それなら、戦闘システムを扱うシステムと艦制御を扱うシステムが一体になって相互連携できると、便利なことがあるかも知れない。

また、コンピュータやネットワークに関わるハードウェアの整理統合は、調達・維持管理に関わる経費の抑制を期待できる。使い方を教育する場面でも有利ではないだろうか。

  • 昔の潜水艦は、機械的な機器と計器を組み込んだコンソールを設置していた。バラスト・タンクの注排水(写真)でも、操舵でも射撃指揮でも同様であり、ハードウェアは用途ごとの専用。今ならコンピュータ制御にするところである 撮影:井上孝司

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。