早いもので、ロンドンの夏季オリンピックまであと1年3カ月となった。3月末には、8万人を収容するオリンピックスタジアムの建設が完了するなど、2012年7月の幕開けに向けた準備は着々と進んでいる。毎回、大きなイベントではそれを支えるハイテクにも注目が集まるが、今回はロンドンオリンピックが関係するモバイルの話題を2つ紹介したい。

ロンドン地下鉄でのモバイル整備には課題が多数

1つ目は、ロンドンの地下鉄で携帯電話を利用できるようにするという計画について。

携帯電話網の整備が進められていたロンドンの地下鉄。しかし、プロジェクトは…

ロンドン市長のBoris Johnson氏が以前から乗り気だったプロジェクトで、Vodafoneら主要モバイルオペレータ4社が揃い、機器メーカー、システムサービス企業と計画を練りはじめていた。だが、3月31日、プロジェクト頓挫が発表された

ロンドンの地下鉄を運営するロンドン交通局(TfL : Transport for London)は、モバイルネットワーク構築にあたって、利用者に運賃増を強いたり、税金を利用することがないことを前提としており、オペレータなど関係者もこれに賛同して話を進めてきた。

なかでも、機器メーカーとして名乗りを挙げたHuaweiは、必要な機器を寄贈することを申し出るという太っ腹振りだ。Huaweiからは明かされていないが、金額にして5000万ポンド(約69億2100万円)に相当するとも言われていた。背景にはHuaweiのシェア増という狙いもあるだろうが、中国企業であるHuaweiにとって、前の開催地である北京からロンドンへのバトンタッチという友好の意味合いもあった。なお、Huaweiは創業者兼CEOであるRen Zhengfei氏が人民解放軍に所属していたことから、中国政府の息がかかっているのではという疑惑が米国で持ち上げられ、一部事業にストップがかかっている。そういった背景もあり、英国でHuaweiが選ばれたことは大きく報じられた。

計画は、Huaweiの無線アクセス技術「SingleRAN」を土台に、地下にある115の駅、地上駅10駅とその間を結ぶトンネルで音声とデータ通信を可能にするというものだ。地下鉄で携帯電話を利用可能にするには、地下のトンネルにアンテナを設置する必要がある。当然、地下鉄が動いていない時間に作業をすることになるが、終電から始発までの間にできる作業は3時間程度。時間と費用の面から、かなり割高なプロジェクトとなる。つまり、機器側は無料となっても、設置コスト(オペレータ4社が負担)は馬鹿にならないわけだ。さらには、ロンドンの地下鉄は、その歴史から(1863年に開業)他都市の地下鉄と比べてトンネルが狭く、設置スペース、電源供給、熱などの問題もあり、技術的な課題が多い点も指摘されていた。

そして、今回、プロジェクト関係者らは、コストと技術の両方からみて、2012年のオリンピックまでに整備するのは実現不可能と判断したと発表した。

ただし、「オリンピックまでに」という部分が無理と判断されたのであって、地下鉄で携帯電話を利用可能にすることについては引き続き方法を探るようだ。それでも、大きな契機付けとなるオリンピックを見送ることは、導入を積極的にプッシュしてきたHuaweiやオペレータらにとって痛手となりそうだ。

かくして、世界最古の地下鉄でモバイルを利用可能にするプロジェクトは先送りとなった。代わってというわけではないようだが、同時進行していた地下鉄の駅にWi-Fiホットスポットを設置する計画が急ピッチで進みそうだ。この計画は、約120の地下鉄の駅構内で無線インターネットを利用できるようにするというもので、3月末にオペレータの入札が始まったようだ。

ちなみに、ロンドンの地下鉄は約260の駅がある。当初Wi-Fiが導入される駅はその半分に満たないことになる。これら地下鉄で携帯電話を、地下鉄駅でWi-Fiを、というアイディアについては、実は市民はそれほど賛成しているわけでもないとか。The Telegraphが紹介していた民間調査では、携帯電話については4分の3が、Wi-Fiについては55%が、計画に反対しているという。また保安面では、テロや犯罪に利用されるのではと懸念の声も上がっている。

NFCの取り組みも進む

2つ目はNFCだ。SamsungとVisaは4月、ロンドンオリンピックに向け、NFCを利用したモバイル決済をプッシュしていくことを発表した。端末はSamsungが選手らに配るVisa対応SIMカード入りの専用端末となるようだが、一般向けにも提供されるようだし、なによりもNFCを利用した決済が可能なインフラの普及が進みそうだ。2社はまた、他の国でもNFCを利用したモバイル決済の取り組みを進めていくとしている。

なお、ロンドンの地下鉄には、日本の「Suica」に相当するICカード乗車券「Oyster」がある。導入は2003年で、地下鉄だけでなく、バスや鉄道などロンドン地区の公共交通機関に拡大。現在利用の約8割がOysterともいわれている。携帯電話を使ったトライアルが2007年に行われているが、商用サービスはまだである。

ロンドンの地下鉄で使用できるICカード乗車券「Oyster」