この半導体ニュースのまとめ

・シノプシスがAnsys統合後初となる国内年次イベント「SNUG Japan 2026」を開催
・半導体設計とマルチフィジックス解析、デジタルツインをつなぐ戦略を説明
・AIエージェントが設計作業を計画・実行する次世代エンジニアリング像を提示

Synopsys(シノプシス)は10月8日、シノプシス製品のユーザーが設計事例や技術動向を共有する年次イベント「SNUG Japan 2026」を開催した。

今回のSNUG Japanには約1400人が登録し、55人のユーザースピーカーが登壇。9つのトラックで、AIを活用した半導体設計・検証、3D IC、サインオフ、TCAD、半導体IPなどに関するセッションが行われた。会場には、最新のシノプシスが提供するAIエージェントを実際に体験できるハンズオン環境も用意された。

2025年に買収手続きを完了したAnsysとの統合後、国内で初めて開催されたSNUG Japanでもあり、シノプシスが持つEDA、半導体IP、3D ICなどの半導体設計技術と、Ansysが持つ熱、電磁界、流体、構造、光学などのシミュレーション技術をどのようにつなぐかが主要テーマの1つとなった。

ソフトウェアがシステムの価値を決める時代へ

基調講演に登壇したSynopsysのChief Revenue Officer(CRO)であるMike Ellow氏は、「Re-engineering the Future of Silicon」と題し、AI時代の製品開発では半導体だけでなく、ソフトウェアと物理的なシステムを一体として設計する必要があることを強調した。

  • SNUG Japan 2026の基調講演会場

    SNUG Japan 2026の基調講演に登壇したSynopsys CROのMike Ellow氏

自動車やロボット、航空宇宙、産業機器などでは、出荷後もソフトウェアの更新によって機能と価値が変化するソフトウェア・デファインド(Software Defined:ソフトウェア定義)といった考え方が浸透しつつある。こうしたソフトウェアによって定義されるシステム(Software Defined Systems)では、半導体が演算処理の基盤となる一方、最終的な差別化や継続的な価値はソフトウェアによって生み出されることになる。

さらに、デジタル空間で完結してきたAIは、センサを通じて現実世界の状況を把握し、自律的に判断・動作するフィジカルAIへと広がりつつある。

  • デジタルAIとフィジカルAIで構成されるPervasive Intelligenceの概念

    デジタルAIからフィジカルAIへと用途が広がる「Pervasive Intelligence」の概念

フィジカルAIの実現には、AIモデルやソフトウェアだけでなく、半導体、先端パッケージ、基板、センサ、機械構造、熱、電磁界、流体などを横断してシステムを設計する必要がある。

シノプシスでは、こうした半導体、ソフトウェア、システムの融合を「Pervasive Intelligence」と位置付けている。その実現に向け、「ソフトウェア定義システム」、「AI」、「用途別に最適化したシリコン」、「物理検証」を4つの基盤として掲げる。

  • Pervasive Intelligenceを支える4つの技術要素

    Pervasive Intelligenceを支える4つの基盤。「ソフトウェア定義システム」、「AI」、「用途別に最適化したシリコン」、「物理検証」

Ansys統合でシリコンと物理世界を接続

シノプシスとAnsysは、半導体設計から物理システムまでを対象とする製品群を構築するため、それぞれが長期にわたって技術や企業の買収を進めてきた。

シノプシスはチップ設計、半導体IP、検証、セキュリティなどの領域を拡張し、Ansysはマルチフィジックスシミュレーション、光学、材料、安全性などの技術を取り込んできた。両社の統合により、これらの技術資産を1社のポートフォリオとして提供できる体制が整った。

  • シノプシスとAnsysの買収および統合の変遷

    シノプシスとAnsysが進めてきた技術および企業買収の流れ。2025年の統合により、EDA、半導体IP、マルチフィジックス解析などの技術資産が1社に集約されることとなった

先端半導体では、単一ダイの微細化だけで性能を高めることが難しくなり、用途に応じて製造プロセスの異なるチップレットを組み合わせるマルチダイ構成の採用が進んでいる。

一方、複数のダイを1つのパッケージへ高密度に実装すると、消費電力や発熱、電源供給、シグナルインテグリティ、パワーインテグリティ、構造応力などが相互に影響する。個々のダイやパッケージを別々に最適化するだけでは、システム全体の性能や信頼性を確保することが難しくなる。

シノプシスは、半導体のデジタル設計、アナログ設計、検証、サインオフと、流体、光学、構造、材料などのシステム解析をつなぐ協調設計環境を構築することで、こうした課題の解決を推進しようとしている。

  • シリコン設計とシステム解析をつなぐ協調設計ポートフォリオ

    シノプシスの協調設計ポートフォリオ。デジタル、アナログ、検証、サインオフ(最終検証)などのシリコン設計と、流体、光学、構造、材料などの解析能力をつなげることで、スーパーチップ時代の設計ニーズへの対応が可能になるとする

これまで同社は、個別ツール間の連携から共通データモデルへの移行、設計・検証エンジンの統合を進めてきた。Ansysとの統合により、その対象を半導体とパッケージから、機械、流体、電磁界、光学を含むシステム全体へ拡張することとなる。

複数のデジタルツインを接続

シリコンからシステムまでの開発をつなぐ中核となるのが、現実の製品や製造工程を仮想空間へ再現するデジタルツインである。

シノプシスとしては、半導体によるモータコントロールレベルから、ロボットや自動車、データセンター、工場、宇宙機などさまざまな階層でデジタルツインを構築し、それらのデジタルツインをデジタルスレッドで接続。このマルチドメインシステムモデルをベースにソフトウェアとハードウェアを分けて、価値をソフトウェア側に乗せていくことを考えている。

  • 半導体から産業機器や自動車まで広がるデジタルツインの適用領域

    デジタルツインは、半導体、データセンタ、産業機器、自動車、ロボティクス、航空宇宙、医療、建設など、さまざまな対象と階層で活用できるとする (撮影:小林行雄)

これにより、例えば製品が稼働した後であっても、センサから実環境データを得て、それをデジタルツインの仮想環境側に展開することで、より現実に即したソフトウェアの最適化や保守、次世代製品の設計などにその結果を反映することができるようになる。設計、検証、製造、運用、保守を循環させることで、製品開発を一度限りの工程から継続的なエンジニアリングへ変えることができるようになるとする。

  • デジタルツイン
  • デジタルツイン
  • デジタルツインは、半導体、データセンタ、産業機器、自動車、ロボティクス、航空宇宙、医療、建設など、さまざまな対象と階層で活用できる。現実世界の結果を仮想世界に反映し、シミュレーション環境下において解析できるようになることで、異なるレイヤのデータを総合的に見ることができるようになり、よりよい製品への進化を加速させていくことができるようになる

ソフトウェアの変更によって演算負荷が増加すれば、半導体の消費電力や発熱が変化し、冷却機構やバッテリー、システム全体の設計にも影響が及ぶ。各領域のモデルを接続し、変更の影響を仮想空間で確認することで、試作前に性能、コスト、開発期間、信頼性を検証できるようにする。

製品の稼働後には、センサから得た実環境のデータをデジタルツインへ戻し、ソフトウェアの更新や保守、次世代製品の設計へ反映する。設計、検証、製造、運用、保守を循環させることで、製品開発を一度限りの工程から継続的なエンジニアリングへ変える狙いがある。

AIエージェントが設計作業を計画して実行

もう1つの柱となるのが、AIを設計支援から設計作業の実行へ進化させるエージェンティックAIである。

シノプシスは、半導体設計や検証、3D IC、シミュレーションなどの作業を自律的に進める「AgentEngineer」と、その実行基盤となる「Synopsys Autopilot Platform」を展開することを計画している。

Autopilot Platformは、AIエージェントによる推論、計画、オーケストレーション、ツールの実行を管理するもので、設計者が目標を与えると、AIエージェントが必要な作業を分解し、EDAツールやシミュレーションエンジンを操作。結果を確認しながら、目標へ収束するまで設計と検証を繰り返す。

  • Synopsys Autopilot PlatformとAgentEngineerの製品構成

    Synopsys Autopilot Platform上に構築されるAgentEngineerのポートフォリオ概要。検証、実装、アナログ・ミクスドシグナル、製造、メッシュ、流体、電磁界など、シリコンからシステムまでの複数領域を対象とする

特定の作業を担当するタスクレベルのエージェントに加え、複数の設計工程をまたいで長時間のワークフローを進めるエージェントも想定する。

シノプシスのEDA環境だけでなく、パートナー企業や顧客が開発したAIエージェント、AIモデルとも接続できるオープンな構成を採る。これにより、検証、実装、アナログ設計、製造、3D IC、流体、電磁界、機械解析などを横断する自律型ワークフローの構築を目指す。

GPT-Synopsysと物理ベースEDAを連携

さらにシノプシスは、OpenAIと共同開発する半導体設計向けAIモデル「GPT-Synopsys」もAgentEngineerへ組み込もうとしている。

AIモデルが設計課題に対する推論と探索を担い、シノプシスのEDAエンジンが設計データの生成と物理検証を実行する。AIが生成した回答をそのまま採用するのではなく、物理ベースの解析や検証を通じて、実際の設計に利用できる結果へとつなげる。

  • GPT-SynopsysとAIエージェントおよび物理ベースEDAの連携構成

    GPT-SynopsysとエージェンティックAI、物理ベースのEDAエンジンを組み合わせる構成。AIが推論・探索し、EDAエンジンが設計を生成・検証することで、検証済みの結果につなげる。Ellow氏は、AIを活用しつつも最終的に信じるのは物理的な結果であり、そのためにはEDAの高速化が重要になることを強調した

同社は、AIエージェントをコパイロット型の設計支援から、個別タスクの実行、複数エージェントによるワークフロー、長時間動作する自律型ワークフローへ段階的に発展させることを予定している。

将来的には、エンジニア自身が個別ツールを操作するだけでなく、複数のAIエージェントへ目標や制約条件を与え、その実行結果を管理する立場へ役割を広げることを想定している。

日本の先端半導体開発を設計技術で支援

Ellow氏は、日本で半導体の製造基盤に対する投資が活発化していることにも言及するなど、日本における半導体の製造能力を高める官民一体となった取り組みを評価する一方、今後の成長を左右する課題としてエンジニア不足を挙げる。

先端プロセスやマルチダイ化、ソフトウェア定義システムの普及によって設計対象は複雑化しており、設計コストと開発期間も増加している。製造基盤への投資を競争力へつなげるには、半導体を設計し、システムとして実装できる人材と開発環境の整備が必要になる。

同社(の日本法人である日本シノプシス)は2026年3月、キヤノンとともに新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の画像処理SoC技術開発を受託する形で、この課題に対する1つの回答につなげることを目指す取り組みを開始した。Rapidusの2nm GAAプロセスで製造するチップの設計・試作と、2nmプロセスとは異なる別のプロセスで設計・試作されたチップをUCIeで接続し、チップレットとして1パッケージ化に挑み、実際にそれを搭載した評価装置と評価用ソフトウェアの設計も行い、本当に低電力効果が得られるのかの評価を行うといったプロジェクトで、基調講演に先立ち挨拶に立った日本シノプシスの河原井智之 社長によると、SNUG Japan 2026の開催時点では、開発するシステムの仕様が具体化した段階であり、今後、チップレットの設計や実装、評価へ取り組んでいくという。

  • Rapidusの2nmプロセスとUCIeを活用する画像処理SoCの開発構想

    日本シノプシスとキヤノンが取り組む先端半導体技術を活用した画像処理SoC開発プロジェクトの概要。Rapidusの2nm GAAプロセスを用いるチップと別プロセスのチップをUCIeで接続し、チップレットとして実装する。スライド下の人物が日本シノプシスの河原井社長

シノプシスは、EDA、半導体IP、AIエージェントに、Ansysのシミュレーションおよび解析技術を加えることで、半導体メーカーだけでなく、自動車、ロボット、航空宇宙、産業機器などのシステム企業も対象とし、半導体設計の自動化にとどまらず、シリコン、ソフトウェア、物理システムを同じデジタル環境で協調設計できるようにしていくことで、フィジカルAI時代の製品開発基盤を構築していくとしている。