• 米国ニュージャージー州のメットライフ・スタジアムのイメージ

前回、ロンドンとパリ五輪の例に、大規模スポーツイベント開催時の交通インテリジェンスの活用について紹介しました。今回は、ワールドカップ2026決勝戦に際し、交通データによって明らかになった知見を紹介します。

ワールドカップの決勝について、試合展開を予測するのは困難ですが、スタジアム外の道路で起こることに関しては、モビリティデータが状況を正確に把握していました。

現地時間7月19日、米国ニュージャージー州のメットライフ・スタジアムで行われた決勝戦に先立って、トムトムの位置情報データの専門家は、同会場で開催されたそれまでの7試合の交通状況を分析し、決勝戦当日の交通状況の予測に繋がる3つのパターンを特定しました。

試合の前後で渋滞がどのように発生したかを理解する上で、リアルタイム・データ、ルートのモニタリング、過去の交通パターン、モビリティインテリジェンスを活用した渋滞データに基づき、割り出した3つの分析結果は、非常に有用な知見となり、交通管理局、公共交通事業者、緊急対応チームが今後同様の大規模イベントを開催する際に交通状況を的確に捉えて対応するための具体的な指南に繋がります。

分析結果1:キックオフ3時間前に交通量がピークに達する

データによると、キックオフ前に交通負荷が大きく高まることが示され、決勝戦当日も同じパターンが見られました。

渋滞レベルは午前10時頃から急速に上昇し、正午にはその日の最高値である205%に達しました。この時点で、交通の流れがスムーズな状態と比べ移動時間が3倍以上かかっています(図2、図3)。

  • ワールドカップ決勝戦( 2026年7月19日)正午時点のメットライフ・スタジアム周辺の道路状況

    図1:ワールドカップ決勝戦( 2026年7月19日)正午時点のメットライフ・スタジアム周辺の道路状況。赤い箇所は、測定指定範囲内で最も渋滞レベルが高かった道路を示す

この渋滞のピークのタイミングは注目に値します。正午は複数の渋滞要因が重なる時間帯で、イベント準備が続いており、VIP到着に向けた厳格なセキュリティ対応が行われ、大勢の観客が早めに会場へ到着していました。これら要因が重なり、1日の中で最も激しい交通状況を生み出しました。

交通管理局にとって重要なのは、渋滞の発生を認識することだけではなく、いつ、どういった理由で道路負荷が高まるのかを理解することです。蓄積された交通インテリジェンスの知見により、交通需要が最大化する時間帯を事前に把握し、信号調整、迂回ルートの設定、正確な交通情報の提供などをあらかじめ実施することが可能になりました。

午後3時のキックオフ時点では渋滞レベルが54.3%まで低下したことは、ほとんどの観客がすでにスタジアムに到着し、周辺道路の負荷が大幅に軽減されたことを示されています(図2)。

到着時の交通管理は運用上の大きな課題でしたが、データによると、道路ネットワークはキックオフ前にすでに回復し始めていたことが示されています。観客が会場入りすると渋滞は大きく減少し、試合後に次の移動需要の波が発生するまで、一時的に安定した状況が生まれました。

  • 決勝戦(7月19日)の渋滞レベル推移グラフ

    図2:決勝戦(7月19日)の渋滞レベル推移グラフ。試合前:午前10時頃から急速に上昇。正午には最高値である205%に達したが、試合開始の午後3時では54.3%まで低下。試合後:帰途のため渋滞レベルは午後7時には138.2%に、午後9時過ぎにようやく50%以下に低下

  • 決勝戦(7月19日)の平均運転速度のグラフ

    図3:決勝戦(7月19日)の平均運転速度のグラフ。正午(平均運転速度22km/h)には交通の流れがスムーズな状態(平均運転速度82km/h)と比べ移動時間が3倍以上かかった

分析結果2:交通の混乱は試合終了後も長引く

決勝戦の終了後も、渋滞が緩和されるまで多くの時間を要しました。 最大の渋滞はキックオフ前に発生しましたが、道路ネットワークは試合終了のホイッスルが鳴った後に再び大きな負荷に直面しました。観客がスタジアムや周辺の商業施設等から帰路につくにつれ、渋滞は着実に増加し、午後7時には138.2%に達しました(図2)。

人の到着時と帰宅時の状況の違いは非常に顕著でした。昼間の渋滞は、セキュリティ対応、VIPの移動、分散した観客の到着などが影響していました。一方、試合後は数千人以上の観客が短時間のうちに一斉に移動を開始したため、周辺道路、公共交通機関、ライドシェアサービス、駐車施設に同時に大きな需要が生まれました。

その結果として生じた影響は、試合前のラッシュと同じレベルで長く続きました。渋滞率はピークである正午の205%は超えなかったものの、渋滞は夜まで高い水準で続き、午後9時を過ぎてようやく50%を下回りました(図2)。

今回の決勝戦は、過去の分析から得られた重要な教訓を改めて強化しました。それは、最大の運用上の課題は必ずしも人々の到着時の急激な需要だけではなく、試合後に続く長い回復期間にもあるという点です。道路ネットワークがいつ、どのように通常の状態へ戻るのかを理解することは、イベント前の需要管理と同様に重要です。

分析結果3:試合開始の時間と曜日が交通パターンを左右する

各試合では、キックオフの時間帯と、平日か週末かによって、それぞれ固有の渋滞パターンが見られました。

分析結果を振り返ると、土曜日午後6時に開始したブラジル対モロッコ戦では、試合開始2時間前に分析対象試合の中で最も高い渋滞レベルを記録しました(図4)。火曜日午後3時開始のフランス対セネガル戦では、試合後の渋滞レベルが最も高くなりました。また、月曜日午後8時に開始したノルウェー対セネガル戦では、試合終了後1時間以上経っても高い渋滞レベルが続きました(図5)。

試合当日の渋滞レベルの高さは、日常の移動パターンとの重なり方に影響を受けた可能性があります。週末の午後はレジャーや観光による移動が多く、平日夕方は帰宅ラッシュが発生し、夜間は公共交通の運行本数が減少します。より広い傾向として、週末の試合では試合前の渋滞が著しい一方、平日の試合は試合後の渋滞が著しくなる傾向が見られました(図6)。

  • 土曜日午後6時に開始したブラジル対モロッコ戦の渋滞情報

    図4:土曜日午後6時に開始したブラジル対モロッコ戦の渋滞情報。試合開始2時間前に分析対象試合の中で最も高い渋滞レベルを記録

  • 月曜日午後8時に開始したノルウェー対セネガル戦の渋滞情報

    図5:月曜日午後8時に開始したノルウェー対セネガル戦の渋滞情報。午後9時50分頃試合は終了したが、1時間以上経っても高い渋滞レベルが継続

  • メットライフ・スタジアムで開催の7試合の試合前、試合中、試合後の渋滞レベル

    図6:メットライフ・スタジアムで開催の7試合の試合前、試合中、試合後の渋滞レベル。試合開催が週末だったブラジル対モロッコ戦、パナマ対イングランド戦は「試合前」が混雑。平日開催の4試合すべては「試合終了後」が混雑した

また、日曜日の午後3時にキックオフが行われた決勝戦の交通状況は、ニューヨークおよびニュージャージー州の週末の通常の移動パターンと重なる傾向となりました。キックオフ前には、メットライフ・スタジアムへ向かう観客の移動が、週末のレジャー・観光交通と同じ時間帯に発生しました。試合終了後は、観客のスタジアムからの退場が、通常の夕方の移動、試合後のサポーターの動きや、祝賀の盛り上がりと重なり、広域で交通需要が高まりました。

データを実践に活用する方法

これまでに紹介した3つのポイントは、交通データが示すことのできるトップレベルの知見です。この知見へ、用途に応じた専門知識や追加データセットを組み合わせることで、それぞれのセクターに次のような最新の交通インテリジェンスを提供することができます。

公共交通事業者

道路ネットワークの可視化により、どこで負荷が高まり、どのタイミングで容量の追加が必要になるかを把握できます。主要な道路、橋、交通ハブ周辺の渋滞パターンを把握することは、運行サービスの頻度、ルーティング、乗客管理に関する判断をサポートします。

交通管理センター

リアルタイム交通情報、交通事故情報、ルートのモニタリング、正確な所要時間のデータにより、渋滞が予測される場所、負荷が発生する箇所、利用可能代替ルートを把握することが可能です。また、デジタルサイネージやルート案内システムを通じて正確な交通情報をドライバーに提供することで、ドライバーの交通状況に関する期待値を管理することもできます。

緊急対応チーム・イベント対応チーム

ルートの信頼性が低下している個所をあらかじめ把握することで、緊急対応チームは事故対応が必要となる可能性が高い場所にリソースを配置することができます。過去のイベントで発生した交通事故は、負荷を受けやすい路や交差点を判断するための重要なコンテキストとなり、問題が発生する前に代替策を計画することに役立ちます。

ワールドカップ決勝戦が示した交通インテリジェンスの力

大規模イベントは一つとして同じものはなく、ワールドカップの決勝も例外ではありませんでした。しかし、トムトムがメットライフ・スタジアムで過去の7試合から特定したパターンは、交通がどのように推移するかを予測する上で貴重な土台となり、そのインサイトは試合当日にリアルタイムで裏付けられました。

今回の分析は、過去の交通インテリジェンスを活用することで、どこに負荷がかかりやすいか、どのような行動パターンが生じるか、そして状況の変化に応じて運用をどのように調整すべきかを把握できることにより様々な組織をサポートできることを示しています。

交通事業者、交通管理センター、緊急対応チームにとって、リアルタイムと過去のモビリティデータにアクセスできることで、大規模イベントが地域全体の移動にどのような影響を与えるかをより明確に理解する助けとなります。またワールドカップの決勝戦は、状況が急速に変化し、判断の重要度が高い場面において、的確な意思決定を支える上でデータドリブンな洞察が助けになることを改めて示しました。

決勝戦はニューヨーク都市圏で開催されましたが、今回の交通の課題は世界中の都市に当てはまるものです。日本でも今後、大規模なスポーツ、文化、エンターテインメントイベントが予定されますが、リアルタイムの交通インテリジェンスと過去のモビリティデータを組み合わせることで、交通需要をより正確に予測し、ユーザーの交通体験を改善し、運用のレジリエンス(回復力)を強化することが可能になります。

本記事はTomTomの技術ブログ「The World Cup Final: What to expect on New York's roads」を翻訳・改編したものとなります