東京科学大学(科学大) 国際医工共創研究院 再生医療研究センターの関矢一郎教授らの研究チームは2018年より、神奈川県、富士フイルムと連携し、膝の中で進行する変化をMRIで捉えて評価するプロジェクト「神奈川ひざスタディ」を実施してきた。この取り組みでは、膝のクッションである内側半月板が本来の位置からはみ出す「半月板逸脱」によって、半月板で守られていた軟骨が摩耗し、変形性膝関節症が進行していく仕組みを解明することに成功している。
これを受けて科学大は、神奈川ひざスタディの追跡調査を開始したことを9月15日に発表。関矢教授らと富士フイルムが共同開発してきた膝MRI三次元画像解析技術を用い、骨、軟骨、半月板の形態を定量的に解析することで、変形性膝関節症の発症や進行の早期予測につながる手がかりを探る狙いだ。
なお、今回の追跡調査の基盤となるポケットサインに関する研究成果の詳細は、英科学誌「Nature」系のオンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
膝痛の発生・病態の進行解明へ、科学大ら3者が連携
膝関節は、歩行や階段昇降など、日常生活の基本動作を担う。膝の痛みや変形性膝関節症は中高年以降に広く見られ、生活の質(QOL)や活動量の低下につながる重要な健康課題だ。変形性膝関節症では、軟骨や半月板、滑膜、関節液など、膝関節を構成する多様な組織に変化が生じる。しかし、痛みの程度と画像上の変化は必ずしも一致せず、どのような構造変化が膝痛の発生や病態の進行に関わるのかは、現在も未解明な部分が多い。
また、医療機関を受診した患者のみを対象とした研究だけでは、痛みが現れる前から膝内部で進行する初期変化を捉えることには限界がある。一方、地域住民を対象とした追跡調査であれば、医療機関を受診する前の段階から膝関節の構造変化と症状との関係を長期的に明らかにできる可能性がある。
そこで関矢教授らの研究チームと富士フイルムが共同開発したのが、膝MRI三次元画像解析技術だ。骨や軟骨、半月板を三次元的に表示し、軟骨の厚さや体積などを定量評価できる点を特徴とする。
これまでの技術では、医師が三次元画像を1例作成するのに1日程度を要していたが、現在では、専用に撮影したMRI画像から5分程度で三次元画像を作成できるようになっている。診察時にも、医師がMRI画像を確認しながら三次元画像を作成し、患者に膝関節の状態を立体的に示しながら説明することが可能だ。
今回の研究成果
神奈川ひざスタディでは、このAI三次元MRI解析技術を用いて地域住民の膝関節構造を解析し、これまでに10編の論文を発表してきた。特に、膝のクッションである内側半月板が本来の位置から外側へはみ出す「半月板逸脱」が、軟骨摩耗や変形性膝関節症の進行に深く関わることを解明している。
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内側半月板逸脱に伴って軟骨摩耗が進行する様子。70歳代女性の膝MRI三次元解析画像を、変形性膝関節症の重症度に応じて左から右へ並べたもの。内側半月板逸脱が進行する部位に沿って、本来は半月板で保護されていた軟骨の摩耗が広がっていく様子が確認できる。1本目の論文より改変図。CC BY 4.0 (出所:科学大Webサイト)
加えて、神奈川ひざスタディでは、半月板逸脱に関連するMRI所見として、半月板を脛骨に固定する半月脛骨靱帯の剥離を示す「ポケットサイン」に着目してきた。同サインは、半月脛骨靱帯付着部に見られるポケット状の液体様信号で、変形性膝関節症に伴う構造変化と関連すると考えられている。この所見は、レントゲンで評価される変形性膝関節症の重症度が高くなるにつれて陽性率が上昇することが示されており、膝が悪化する前の変化を捉える手がかりとなる可能性がある。
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レントゲン重症度の進行に伴うポケットサイン陽性率の上昇。MRIでは、半月板を支える半月脛骨靱帯の付着部に、液体が入り込んだような小さなポケット状の所見が見られることがある。神奈川ひざスタディでは、この所見は「ポケットサイン」として評価された。同サインは、変形性膝関節症のX線重症度を示すケルグレン・ローレンス分類が高くなるほど高頻度に認められ、膝関節の構造変化を反映するMRI所見である可能性が示された。2本目の論文より改変された図。CC BY 4.0 (出所:科学大Webサイト)
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今回実施される追跡研究では、初回調査から約8年が経過した参加者を対象に再調査が行われ、横断研究で見出されていた構造変化が、実際に同じ参加者の膝で時間の経過とともに進行するのかどうかを縦断的に解析するという。特に、初回調査でポケットサインが認められた参加者では、その後に半月板逸脱や軟骨摩耗、変形性膝関節症が進行しやすいかどうかを検証していくとした。
併せて、膝関節構造の変化と膝症状に加え、生活習慣、認知機能、生活機能、メンタルヘルス・ストレスの4領域から現在の未病の状態を数値などで可視化する「ME-BYO指標」との関係を明らかにし、「将来、膝が悪くなりやすい人」を早期に見分ける手がかりを探るという。
今回の研究の特徴は、主に神奈川県庁でデスクワークに従事し、膝疾患による通院歴のない方を多く含む集団を対象としている点だ。膝への負担が大きい仕事に従事する人やすでに膝の病状が進行した集団では、初期の変化を捉えにくい場合があるが、今回の研究では、膝への負担が比較的小さい日常生活の中で生じる初期変化を追跡することができる。さらに、同一地域・同一組織に継続して所属する参加者を多く含むことから、初回調査から約8年後の変化を同じ参加者で評価しやすいという利点があるとした。
膝に痛みがあっても、レントゲンで明らかな変形性膝関節症の所見が認められない段階は、専門的には「早期変形性膝関節症」と呼ぶ。これは、健康か病気かを二分するのではなく、連続的に変化する状態として捉える「未病」の考え方とも重なる。
今回の研究により、痛みが強くなる前から膝の状態を可視化できれば、膝の状態に応じたウォーキングやサイクリング、半月板への負担を軽減する生活習慣、体重管理など、日々の行動につなげるための判断材料となることが期待される。さらに、こうした取り組みを行っても膝痛が改善しない場合には、適切な時期に医療機関の受診につなげる仕組みづくりにも役立つ可能性がある。
将来的には、膝が痛くなってから治療するだけでなく、痛みが現れる前から膝の構造変化を捉え、生活習慣の見直しや適切な受診につなげる医療・保健システムの構築を目指すという。これにより、住民が長く自分の足で歩き続けられる健康長寿社会の実現に貢献することが期待されるとしている。
