小惑星リュウグウや一部の炭素質隕石(炭素質コンドライト)などは、太陽系形成当時の元素組成をよく残す始原的な物質として知られている。しかし、形成後に受けた水質変成作用により、元の鉱物の多くが別の鉱物へと変化したにもかかわらず、「太陽系初期の元素組成を保っている」という一見矛盾した特徴を抱えており、宇宙化学における長年の謎となっていた。
この長年の謎を解く手掛かりとなる物質である「低結晶性マグネシウムケイ酸塩水和物」を、リュウグウや炭素質隕石などの地球外試料から発見したことを、金沢大学、東京大学、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、広島大学、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の5者が9月17日に共同発表した。
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(左)これまで考えられてきた、リュウグウおよび水による強い変質を受けた炭素質隕石の鉱物学的描像。(右)今回の研究で得られた分光学的・物理化学的結果に基づくモデル (C)Fukushi.,K. et al, Kanazawa University (2026) (出所:金大ニュースリリースPDF)
同成果は、金大大学院 自然科学研究科の奥村玲音大学院生、金大 環日本海域環境研究センターの福士圭介教授、東大大学院 理学系研究科の高橋嘉夫教授、JAMSTEC 物質地球科学研究部門 高知コア研究所 鉱物・地球化学研究グループの中田亮一主任研究員、広島大大学院 先進理工系科学研究科の小池みずほ准教授らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の地球・環境・惑星科学を扱うオープンアクセスジャーナル「Communications Earth & Environment」に掲載された。
水に触れても、太陽系初期の元素組成を保つ隕石の謎
一般的に、岩石が水と反応すると、含有元素が水に溶け出したり、別の場所へ移動したりする。それにもかかわらず、水質変成作用を受けているリュウグウや始原的な炭素質隕石が、なぜ太陽系初期の元素組成を保っているのかという矛盾は、これまで説明できていなかった。
従来の鉱物学的な枠組みでは、始原的な炭素質隕石において、水との反応によって主に「蛇紋石」と「サポナイト」が形成されたと解釈されてきた。どちらもマグネシウムを多く含む代表的な含水ケイ酸塩鉱物で、層状の結晶構造を持つ。地球上では、前者が地下の比較的高温な環境においてかんらん岩が熱水と反応することで生成するのに対し、後者は地表付近の比較的低温な水環境において岩石が水と反応して変質することで生成する。
そこで研究チームは今回、放射光X線分析を用いて、リュウグウと、水による強い変質を受けた炭素質隕石(イヴナ、オルゲイユ、タルダ)に含まれるマグネシウム原子の周囲の構造を詳しく調べ、多様なマグネシウム含水ケイ酸塩の標準物質と比較することにした。
今回の研究成果
分析の結果、これまで重要視されてきた蛇紋石やサポナイトだけでは、実際に観測されたX線吸収スペクトルを十分に説明できないことが判明した。一方で、「低結晶性マグネシウムケイ酸塩水和物」(M-S-H)の標準スペクトルを加えて解析することで、すべての試料の観測結果をより精度よく説明できることが明らかにされた。
なお、M-S-Hとはマグネシウム、ケイ素、水を主成分とする低結晶性物質である。低結晶性とは、原子の並び方が一般的な結晶性鉱物よりも規則正しくなかったり、原子の配列の周期が非常に短かったりする状態を指す。そのため、M-S-Hはマグネシウムとケイ素を多様な割合で取り込める点が特徴だ。
従来の研究から、リュウグウの水質変成が起きた際に、M-S-Hが中間生成物として存在した可能性が指摘されていた。しかし、実際のリュウグウや炭素質隕石に残留しているのかどうかは、十分に確かめられていなかったという。それが今回の研究により、M-S-Hに類似した成分が実際の地球外試料に広く残留している可能性が示された。
一般に、物質の組成が異なれば、それぞれが存在できる水環境も異なる。そこで、室内実験と先行研究のデータを駆使し、M-S-Hの化学組成と溶出性の関係が調べられた。その結果、マグネシウムとケイ素の割合が異なるM-S-Hでも、その溶けやすさには一貫した規則性があると突き止められた。これにより、組成が異なる複数のM-S-Hが、同じような水質条件のもとで形成され、共存できる可能性が示された。
また、試料で見られる蛇紋石やサポナイトも、近い組成のM-S-Hが先行して形成され、その後に変化したと推測された。これにより、太陽系初期の小天体の内部で、元となる岩石の元素組成に地域差があっても、それが失われることなく多様な物質へと変化しながら水質変成が進んだ可能性が支持される形となった。M-S-Hのこうした性質は、強く水と反応しているにもかかわらず、太陽系初期の元素組成を保っているという、宇宙化学の長年の謎を解き明かす鍵になると期待されている。
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リュウグウおよび炭素質隕石(イヴナ/オルゲイユ/タルダ隕石)のマグネシウムK吸収端X線吸収端近傍構造スペクトル(黒線)と、M-S-H、サポナイト、蛇紋石の標準スペクトルを用いたフィッティング(観測データと標準データを重ね合わせて比較する解析)結果。Okumura, R., et al. (2026)を基に一部改変 (C)The Authors, CC-BY 4.0 (出所:金大ニュースリリースPDF)
今回の研究成果は、M-S-Hが水質変成の過程で、太陽系初期の元素組成を保持する中心的な役割を果たしたという仮説を示すものだ。しかし、この仮説の検証を進めるには、水質変成の過程で、マグネシウムやケイ素以外の多様な元素をM-S-Hがどの程度保持できたのかを解明することが不可欠となる。
M-S-Hのような低結晶性物質は、多様な元素を取り込みやすく、微細な粒子ゆえに表面吸着を通じて微量元素の保持や分配にも影響を与える可能性がある。研究チームは今後、水質変成環境を実験室で再現し、M-S-Hの元素保持性能を定量的に確かめることで、同鉱物が太陽系初期の元素組成の保持に果たした役割を検証していくとしている。