三菱電機は8月24日、量子コンピュータ系スタートアップのQunaSys(キュナシス)と共同で、製品の設計・開発において、流体、熱、構造、電磁界などの物理シミュレーションにより設計探索や性能評価に役立てる「Computer-Aided Engineering(CAE)」への量子コンピューターの活用に向けて、2つの基盤アルゴリズムを開発したと発表した。同技術により、物理シミュレーションの大規模化を実現し、製造業の製品開発の高度化・効率化を目指す。なお、開発成果の一部は科学技術振興機構(JST)のムーンショット型研究開発事業(目標6)の成果で、同日から開催される国際会議「AQIS 2026」で発表する。
量子CAE実用化の壁となっていた計算コストと精度
近年、製品の高性能化・高機能化に伴い、大規模かつ高精度なCAEへのニーズが高まっており、従来のコンピュータよりも計算を高速化できる可能性がある量子CAEが注目されているという。しかし、量子計算の実行コストと精度の両面で課題があり、CAEで扱う物理シミュレーションの多くは、大規模な行列計算として表される。
そのため、行列データをそのまま量子コンピュータで扱うと、行列を量子回路に埋め込む際の正規化係数が大きくなり、同じ精度の計算結果を得るために必要な量子ゲート操作や回路実行回数が膨大となる結果、量子計算による高速化の効果を十分に引き出せないことが課題となっていた。また、量子計算には、内容に応じた量子回路を設計する必要がありますが、従来は回路設計に必要なパラメータの計算に不安定性があり、量子計算の精度に影響していたとのこと。
行列構造を活用し量子計算の実行コストを削減
今回、三菱電機とQunaSysは、これらの課題を解決する2つの基盤アルゴリズムを開発した。1つ目は大規模な行列データを量子コンピュータで扱いやすい形に整理する基盤アルゴリズムで、量子計算の実行コストを削減。一般的な行列を量子回路の操作に対応するユニタリ行列の一部として埋め込み、量子計算で利用できる形にする手法であるブロックエンコーディングを用いた。
行列の非ゼロ要素を個別に入力する場合、単純な方法では重複する要素があっても別々の寄与として扱われることにより正規化係数が増大し、量子計算の実行コストが増加する。そこで、行列内の同じ値やその出現パターンを整理したうえで、パターン同士の重なりに着目し、共通部分を再利用して差分だけを組み合わせる形の表現手法を採用した。これにより、行列の構造を利用した効率性を保ちつつ、量子コンピュータで扱いやすい入力形式に変換する。
与えられた行列構造の中で、どこまで共通部分を再利用できるかを理論的に解析した結果、今回開発した技術が効果を発揮する条件を明確化し、代表的な物理シミュレーションの行列計算における有効性を確認した。
量子回路設計パラメータの安定計算で精度向上
2つ目は量子回路の設計に必要なパラメータを安定的に求められる基盤アルゴリズムで、量子計算の精度を向上させるというものだ。量子計算で行列操作を行うための代表的なアルゴリズムである量子信号処理では、事前準備として、従来のコンピュータを用いて、行列に対して行いたい計算の働きを多項式で近似し、その多項式を量子回路で再現するための角度列パラメータを計算する。
従来手法では、計算の途中で極端に小さい数を扱うことで、丸め誤差や桁落ちの影響が大きくなり、得られる角度列パラメータの精度が低下する。この問題が発生する原因を分析した結果、量子信号処理で扱う多項式の係数の並びと、角度列を求める計算の進め方の組み合わせに課題があることを解明した。今回開発した手法では、計算の向きを反転させた後で順序を戻すことにより、丸め誤差や桁落ちの影響を回避する。
量子CAEで必要となる代表的な行列計算である、行列反転、ハミルトニアンシミュレーション、位相推定、固有値フィルタリングに対して数値実験を行い、角度列パラメータをより安定に高い精度まで求められることを実証した。
これらの結果、量子コンピュータの性能を活かした行列計算が可能になり、量子CAEの実現に向けて前進したという。三菱電機では設計初期段階での多数条件の比較や、複雑な物理現象を考慮した高精度な性能評価などを通じて、製造業の製品開発の高度化・効率化を目指す。
今回開発した基盤アルゴリズムを流体解析、熱解析、構造解析、電磁界解析など、製造業で用いられる具体的なCAEの課題へ適用し、検証を進めていく。実際の製品設計で現れる複雑な計算課題に2つの基盤アルゴリズムを適用し、量子コンピュータを製造業の設計・解析に活用する量子CAEの実現を図る考えだ。


