イトーキは10月2日、松尾研究所との共同研究で、従業員854人の日々の行動データをAIで分析し、生産性向上に関わる因果関係を探索する「データ駆動型生産性推定モデル」を構築したことを発表した。

今回分析したのは、会議、メール・チャット、オフィス内での移動など70種類の行動データ。このデータをセンサーにより抽出し、生産性向上の因果関係を探索する「データ駆動型生産性推定モデル」として構築した。

その結果、「会議の数が多い日の翌日は心のコンディションが低下する」「60分以上まとまった作業時間を確保した日の翌日は心のコンディションが向上する」といった傾向が確認されたという。

説明会には、イトーキ ソリューション事業開発本部 ソリューション開発統括部 プロダクト開発部 AI開発チーム チームリーダーの酒井美帆氏、松尾研究所 シニアデータサイエンティストの大西直氏が登壇。「データ駆動型生産性推定モデル」の概要やモデルの有用性につながる最新の分析結果を発表した。

「生産性が低い」は分かっても、「何を変えるべきか」が分からない

最初に酒井氏はオフィスや働き方において「生産性」を扱う難しさを説明した。

オフィスワーカーの生産性を測ることは容易ではない。投入する時間や人数は数値化できても、成果の指標は職種によって異なるためだ。また、サーベイで従業員の状態を把握できても、「なぜその状態になったのか」「何を変えれば改善するのか」まで特定することは難しかったという。

酒井氏は、企業との会話の中で「会議が多いとストレスがたまるのではないか」「メールやチャットに忙殺されると生産性が下がるのではないか」「出社した方が職場の人間関係は良くなるのか」といった疑問が挙がると説明。こうした日常的な仮説をデータで検証し、オフィスや働き方に関する提案に生かすことを目指したという。

  • オフィスや働き方において「生産性」を扱う難しさを説明する酒井氏

    オフィスや働き方において「生産性」を扱う難しさを説明する酒井氏

854人×70種類のデータをAI分析、「相関」から「因果」へ

こうした背景から、イトーキと松尾研究所は2025年、オフィスにおけるマルチモーダルデータを活用し、生産性を客観的に計測・検証する共同研究を開始した。

今回の研究では、イトーキの本社オフィスで働く854人を対象に、2025年12月1日から31日までのデータを分析。オフィス内での位置・移動、カレンダー上の予定、メール・チャットの送受信などから抽出した70種類の行動データを利用した。

モデルでは、働く人の状態を「フィジカル(体)」「メンタル(心)」「ソーシャル(組織内の人間関係)」の3つのコンディションに整理し、行動データがこれらの状態にどう影響するのかを分析した。

  • 「データ駆動型生産性推定モデル」のイメージ

    「データ駆動型生産性推定モデル」のイメージ

大西氏は、今回の研究の特徴について、従来の「相関」ではなく「因果」を分析した点を説明した。

「例えば『メールを多く送る人ほど人間関係が良い』という相関が確認できたとしても、人間関係が良いからメールを多く送るのか、メールを多く送ることで人間関係が良くなるのかは分かりません。そこで今回は、時系列の因果探索手法である『VAR-LiNGAM』を採用しました」(大西氏)

  • データ駆動型生産性推定モデルの概要を説明する大西

    データ駆動型生産性推定モデルの概要を説明する大西氏

「VAR-LiNGAM」は、変数間の因果関係を時間差も含めて推定する手法だ。従業員一人ひとりの日次データから、「今日の行動が翌日にどう影響するか」といった関係を推定し、「設計・開発・企画」「営業・サービス」「管理」の3職種に分けた分析も行った。

「会議の数」が翌日の心に影響、60分以上の集中時間では88%が向上

大西氏によると、今回の分析から「働き方とコンディション」をめぐる複数の傾向が明らかになったという。

まず会議については、「会議が多い日」は翌日の心のコンディションが低下する傾向が確認された。3職種で同じ方向の関係が見られた従業員は84%に上り、特に管理系職種で影響が強く表れた。

ポイントは、会議の「長さ」よりも「数」だ。今回の分析では、会議の総時間よりも、予定されている会議などの件数が多いことの方が強く影響していたという。

一方、会議などに中断されず「60分以上の作業時間」を確保できた日は、翌日の心のコンディションが向上する傾向が確認された。全職種で同じ傾向が見られ、その割合は88%だった。

メール・チャットについては、送信と受信で異なる結果が出た。特に営業・サービス職では、多く受信した日に組織内の人間関係などのコンディションが低下する傾向が見られた一方、自ら多く送信した場合には、翌日の組織内の人間関係が良くなる傾向が確認された。

一方、メール・チャットへの返信の速さ、休憩エリアの利用回数、在社時間、デジタルにつながっている時間の長さについては、組織全体で一貫した因果関係は確認されなかったという。

  • データ駆動型生産性推定モデルで見えてきた3つのこと

    データ駆動型生産性推定モデルで見えてきた3つのこと

「全員に同じ働き方」から脱却、企業ごとにAIで最適な施策を

今回の結果について、酒井氏は、モデルの意義の一つに企業や組織ごとに異なる「生産性を左右する要因」を把握できる可能性を挙げた。

実際、オフィス内で場所を変えて働く行動についても職種差が見られた。営業・サービス職や管理系職種では翌日の体のコンディションが向上する方向が見られる一方、設計・開発・企画職では逆方向の兆候が確認された。

つまり、「会議を減らす」「移動を増やす」といった一律の施策を全社員に当てはめるのではなく、企業や組織、職種ごとに、どの行動がコンディションに影響しているのかを把握した上で施策を検討できる可能性がある。

今後はモデルを異なる職種や拠点、企業へ展開し、精度と適用範囲を高めていく。さらに、イトーキが持つオフィスづくりや運用のノウハウと組み合わせ、企業ごとの特性を反映した提案や、自律的に作業を行うAIアプリケーションなどへの展開も想定している。

  • 今後の展望

    今後の展望