燃料電池は、水素を燃料として水のみを排出するクリーンな発電システムだ。すでに実用化されているものの、本格的な普及には大幅な低コスト化が欠かせず、触媒として高価なレアメタルである白金(プラチナ)の代わりに、非貴金属を用いることが必要となる。しかし、従来の非白金系触媒では出力不足と耐久性の低さが大きな課題となっていた。

そうした中、東北大学と北海道大学、AZUL Energyの3者は、安価で資源制約のない「金属錯体青色顔料」(鉄テトラアザフタロシアニン)を炭素に担持した触媒を、白金炭素の代替触媒としてアニオン交換膜(AEM)型燃料電池の正極触媒に使用し、その分子構造を最適化することで、従来の金属錯体触媒を凌駕する約900mW/cm2の出力と高い耐久性を実現。9月29日に共同発表した。

  • 青色顔料触媒の分子構造と触媒の調製方法 (出所:東北大ニュースリリースPDF)

    青色顔料触媒の分子構造と触媒の調製方法 (出所:東北大ニュースリリースPDF)

同成果は、東北大 材料科学高等研究所の藪浩教授、イスラエル工科大学のDario R. Dekel教授、北大 電子科学研究所の松尾保孝教授、AZUL Energyの研究者らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する、触媒を扱う専門論文誌「ACS Catalysis」に掲載された。

燃料電池の性能強化・低コスト化を追求するには?

燃料電池の正極で起こる反応は、酸素分子が電子を受け取って反応する酸素還元反応だ。この反応は燃料電池の効率と出力を左右するが、本来の反応速度が遅いため、効率を向上させるべく高い酸素吸着能と触媒能を持つ白金族金属を含む触媒が使われている。一般的には白金ナノ粒子を炭素に担持した「白金炭素触媒」が用いられるが、高価で資源制約もあるため、白金を使わずに高活性と耐久性を両立する触媒が求められていた。

白金炭素の代替触媒としてアニオン交換膜を用いるAEM型燃料電池は、水酸化物イオンなどの陰イオンを通す膜を電解質に用い、アルカリ性環境で作動する仕組みだ。酸化して劣化しやすい非白金触媒であっても採用しやすいという特徴を持つ。

これまで多様な非白金系触媒が開発されており、中でも中心金属とそれを囲む大環状分子からなる「金属フタロシアニン」は、原子レベルで構造や電子状態を設計できる利点が注目されている。

しかし、従来の金属フタロシアニン系正極触媒は、AEM型燃料電池での出力が十分でない上、耐久性に乏しいことが課題となっていた。さらに、一定電流での実用的な耐久性評価はほとんど報告されていない状況だった。

そこで研究チームは今回、通常の鉄フタロシアニン(FePc)の周辺ベンゼン環を、窒素を含む複素環へ置き換えた2種類の「鉄テトラアザフタロシアニン」(「FeAzPc-4N」および「FeAzPc-8N8Me」)を合成し、その性能などの詳細を調べることにした。

今回の研究成果

FeAzPc-4Nを市販の導電性カーボン「ケッチェンブラック」(Ketjen Black)に担持した触媒が「AZ-FT-30」、窒素数をさらに増やしたFeAzPc-8N8Meを担持した触媒が「AZ-FO-30」と命名された。そして電子顕微鏡観察や元素分析から、鉄を含む分子がカーボン表面に原子・分子レベルで分散し、大きな粒子へ凝集していないことが確認された。

次に、回転リングディスク電極による触媒評価が実施され、AZ-FT-30の酸素還元反応の開始電位と半波電位は、1.009Vおよび0.937V(対RHE、1600rpm)だった。一方、AZ-FO-30では、それぞれ1.029Vおよび0.945Vだった。両触媒の電気化学的表面積はAZ-FT-30が155.8m2/g、AZ-FO-30が157.5m2/gと近く、表面積の大小ではなく、分子構造に由来する固有の触媒活性の差が性能に反映された可能性があるとした。

続いて、それぞれの触媒を正極触媒としてカーボンペーパーに塗布し、80℃でAEM型燃料電池の性能が評価された。その結果、AZ-FT-30の最大出力密度は744mW/cm2、AZ-FO-30は902mW/cm2に達した。さらに、AZ-FO-30を400mA/cm2で連続作動させたところ、35時間後の電圧低下は約12%にとどまり、平均低下速度は2.4mV/hだった。これは、従来は単なる出力測定にとどまることが多かった分子触媒について、実際のAEM型燃料電池セルとしての作動安定性が示された成果だという。

従来の金属フタロシアニン系正極触媒を用いたAEM型燃料電池の報告と、今回見出された性能について、0.5Vにおける電流密度と最大出力密度の観点から比較された。その結果、従来の金属フタロシアニン系触媒を凌駕する性能が実現できていることが明確に示された。

  • (a)青色顔料触媒を用いたAEM型燃料電池の電圧-電流密度分極曲線、(b)電流密度/出力-電圧分極曲線、(c)AZ-FO-30を正極触媒とした場合の400mA/cm2一定電流耐久性試験 (出所:東北大ニュースリリースPDF)

    (a)青色顔料触媒を用いたAEM型燃料電池の電圧-電流密度分極曲線、(b)電流密度/出力-電圧分極曲線、(c)AZ-FO-30を正極触媒とした場合の400mA/cm2一定電流耐久性試験 (出所:東北大ニュースリリースPDF)

こうした性能向上の詳細な要因を探るため、密度汎関数理論計算により、酸素還元反応の中間体が鉄中心へ吸着する様子が調べられた。反応中間体であるOHが吸着した時の鉄-酸素間距離は、通常のFePc、AZ-FT-30、AZ-FO-30の順に短くなることが確認された。

最も短いAZ-FO-30ではOHが鉄活性点へより強固に結合することが示されており、水分子を1個明示的に含めた、より実際の反応環境に近い計算でも同様の傾向が得られたとした。計算で得られた反応の自由エネルギーの傾向も、AZ-FO-30、AZ-FT-30、通常のFePcの順に高い触媒活性を示す実験結果と整合したという。このことから、触媒分子の構造を制御してOHの吸着強度を調整した結果、高い酸素還元反応性能とAEM型燃料電池性能が実現できたことが明らかにされた。

  • 既報の金属フタロシアニン系触媒を正極触媒としたAEM型燃料電池と、今回の研究成果の比較。AZ-FT-30、AZ-FO-30どちらの触媒も既報を凌駕する高い出力性能を有していることが確認された。(出所:東北大ニュースリリースPDF)

    既報の金属フタロシアニン系触媒を正極触媒としたAEM型燃料電池と、今回の研究成果の比較。AZ-FT-30、AZ-FO-30どちらの触媒も既報を凌駕する高い出力性能を有していることが確認された。(出所:東北大ニュースリリースPDF)

今回の成果により、フタロシアニン骨格への窒素導入という分子構造制御によって、正極に白金族金属を用いずにAEM型燃料電池の出力と耐久性を高められることが示された。研究チームは今後、鉄活性点と酸素反応中間体の結合強度を指標として分子構造をさらに最適化するとともに、触媒層内のイオン伝導、ガス輸送、水分管理を含む電極構造を改良し、より長時間の耐久性と高出力の両立をめざすとした。

なおAZ-FT-30については、富士フイルム和光純薬が試薬販売を開始。今後、前述の検討をさらに進め、触媒のラインナップを充実させていく予定だ。