富士通は、将来的な大規模化が期待される新技術を用いたダイヤモンドスピン方式量子コンピュータのプロトタイプを世界で初めて開発したと9月8日に発表。報道関係者向けに公開すると共に、技術的な特長や、今後の研究開発の方向性を説明した。

  • 富士通が開発発表した、ダイヤモンドスピン方式量子コンピュータのプロトタイプ(右)。左は、同プロトタイプについて説明する、富士通 富士通研究所フェロー兼量子研究所長の佐藤信太郎氏

    富士通が開発発表した、ダイヤモンドスピン方式量子コンピュータのプロトタイプ(右)。左は、同プロトタイプについて説明する、富士通 富士通研究所フェロー兼量子研究所長の佐藤信太郎氏

  • 今回報道公開されたチップ

    今回報道公開されたチップ

  • プロトタイプの報道公開の様子。量子コンピューティングチップは写真右奥の白い冷却部の中に実装されているとのこと

    プロトタイプの報道公開の様子。量子コンピューティングチップは写真右奥の白い冷却部の中に実装されているとのこと

今回、同社が開発発表した量子コンピュータのプロトタイプで採用しているダイヤモンドスピン方式とは、高いフィデリティ(量子状態が理想的な状態にどれだけ近いかを示す指標)と高効率の光接続により、将来的に量子コンピュータの大規模化への寄与が期待される方式のことを指す。

このプロトタイプでは、従来比約10倍相当の高輝度なダイヤモンド結晶中にある、スズ-空孔(SnV)センターと呼ばれる構造を量子ビットとして用いる世界初の構成を特長としており、超伝導方式の量子コンピュータの動作温度(典型的には約-273.13度)より高い約-271.6度で動作できることを確認。

また、ユーザーが量子コンピュータの方式の違いを意識することなく、富士通のハイブリッド量子コンピューティングプラットフォーム「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」経由で、このプロトタイプを利用できることを実証した。

  • プロトタイプの外観

    プロトタイプの外観

このプロトタイプ作製にあたり、富士通が技術開発したのは以下のとおり。

スケーラブルな量子コンピューティングチップを可能にする異種材料接合技術と薄層化技術

SnVセンターを用いた量子コンピューティングチップを実現するため、スズをイオン注入した高品質ダイヤモンド基板とアルミナ・酸化膜付きシリコン基板を接合する異種材料接合技術、および異種材料に接合した数百マイクロメートルの厚みを持つ硬いダイヤモンドを、量子コンピューティングチップに適した数百ナノメートルまで薄層化する技術を開発。

SnVセンター向けフォトニクス集積回路作製技術

光による量子ビットの初期化や量子ビット状態の読み出しの際にSnVから放出される単一の光子を取り出すために、SnVセンターを含むナノメートルサイズのダイヤモンド結晶と、単一の光子を取り出すための可視光領域で透明なアルミナの光導波路を集積したフォトニクス集積回路を作製する技術を開発。ダイヤモンドの加工においては、東京大学との共同研究成果を活用した。

ダイヤモンドスピン方式向け量子回路変換・量子ビット制御技術

ダイヤモンドスピン方式では光・マイクロ波・RF波を組み合わせて量子ビットを制御するため、超伝導方式とは異なる制御方式が必要となる。富士通は、量子ゲートで記述された量子回路をダイヤモンドスピン方式向けの制御命令に変換する機構を開発し、「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」からの制御を実現した。

  • 量子コンピューティングチップのデモの様子

    量子コンピューティングチップのデモの様子

富士通は、この高輝度SnVセンターの集積技術をさらに発展させ、2027年を目標に複数量子モジュールから成るダイヤモンドスピン方式量子コンピュータのプロトタイプの開発に取り組む。また、超伝導方式との接続技術の開発にも取り組み、両方式を合わせた大規模な誤り耐性量子コンピュータの実現に向けた研究を推進するとしている。

なお、この成果は富士通とデルフト工科大学(Delft University of Technology)、およびその傘下の世界有数の量子技術研究機関であるQuTechが2020年より進めてきた共同研究成果を基に実現したもの。量子コンピュータを大規模化するための有力なアプローチのひとつである、モジュール型アーキテクチャの実現に向けた重要なマイルストーンだとしている。

  • 富士通研究所フェロー兼量子研究所長の佐藤信太郎氏

    富士通研究所フェロー兼量子研究所長の佐藤信太郎氏

量子コンピュータの実用化に向け、超伝導やイオントラップ、中性原子といったさまざまな方式の研究が世界中で進められている。

このうちダイヤモンドスピン方式は、ダイヤモンド結晶中のカラーセンターと呼ばれる格子欠陥構造を量子ビットとして利用するもので、量子状態を安定的に保ちやすいダイヤモンドの特性に起因する高いフィデリティが特長とされる(デルフト工科大学などの研究グループは、富士通との共同研究において、ダイヤモンド中のNVセンターの電子スピンと核スピンを用いた2量子ビットゲートで、エラー確率0.1%未満の操作精度を実証している)。

超伝導方式などに比べてより少数の物理量子ビットから論理量子ビットを構成できる可能性があるほか、光を用いることで量子モジュールを高い自由度で接続できることから、高い拡張性をもつモジュール型アーキテクチャによるシステムの構築が可能になるとのこと。

ダイヤモンドスピン方式ではこれまで、ダイヤモンド結晶中の窒素原子不純物によって形成された窒素-空孔(NV)センターと呼ばれる構造を用いるのが一般的だった。今回のプロトタイプの開発では、高い対称性をもつ前出のSnVセンターに着目。NVセンターと比べて、外部環境のノイズの影響を受けにくい点を特長としており、「非常に安定した高輝度のカラーセンター」(富士通)として期待されているとのこと。