宇宙に存在するダークマターの有力候補である、未知の素粒子「アクシオン」と「ダークフォトン」を探索するため、地球磁場を利用して地球全体を「検出器」とする新手法を開発したことを、京都大学、広島大学、日本大学の3者が8月7日に共同発表した。
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地球磁場データを用いたダークマター探索の概念図。アクシオンやダークフォトンは地球磁場や動混合により極低周波数帯の電磁波を生成し、地球-電離層空洞内で共鳴増幅される。今回の研究では約10年分のデータが解析され、超軽量ダークマター由来の信号探索で世界最高感度が達成された。(Open AI ChatGPT(GPT-5.5 Thinking)をもとに姫本教授・樽家教授が作成) (出所:京大プレスリリースPDF)
同成果は、京大 基礎物理学研究所の樽家篤史准教授、京大 理学研究科の野村皇太特定研究員、広島大大学院 先進理工系科学研究科の西澤篤志准教授、日大 生産工学部の姫本宣朗教授らの共同研究チームによるもの。
詳細は4本の論文にまとめられ、そのうち3本は日本物理学会が刊行する、理論物理と実験物理を扱う英文オープンアクセスジャーナル「Progress of Theoretical and Experimental Physics」に、1本は米国物理学会が刊行する、素粒子物理学や宇宙論、重力理論などを扱う学術誌「Physical Review D」に掲載された。
宇宙に存在する全物質のうち、通常物質は約15%に留まり、残りの約85%は正体不明のダークマターとされる。その質量に関してはこれまでのところ、10^-22〜10^66eVと、88桁もの開きが予想されており、事実上手掛かりがないに等しい。
そうした中でもダークマターの正体として複数の素粒子が提案されており、その1つがアクシオンである。素粒子物理学における「強いCP問題」を解決するため1970年代に提唱され、光子と弱く相互作用するとされる。本来の想定質量は約10^-6〜10^-3eVだが、超弦理論などではより軽い「アクシオン様粒子(ALPs)」の存在も示唆されている。また、「ダークフォトン」も候補の1つだ。標準模型の拡張として提案され、通常の光子と微弱な「動混合」により相互作用する質量を持つ仮想的な光子である。
今回の研究では、質量10^-15〜10^-13eV程度の超軽量帯のアクシオンと、ダークフォトンについて、新たな検出方法を考案することにした。
アクシオンの標準的な探索実験では、強力な磁場中で同素粒子を電磁波に変換する現象が利用される。しかし、実験室では磁場をかけられる空間の大きさに限界があることが課題だった。そこで研究チームが注目したのが、実験室では実現不可能な空間スケールを持つ地球磁場だ。地表での強度は約20〜65μTで、アクシオンと相互作用することで極低周波数帯(0.3〜100Hz)の電磁波を生じさせると考えられている。
この発生した電磁波は、地球と高度約100kmに位置する電離層に挟まれた球殻状の「地球-電離層空洞」を伝播する。この空洞は、低周波電磁波を閉じ込める共振器として機能するため、特定周波数では共鳴により信号が増幅される。しかし、従来の理論では1Hz以下しか扱えず、より高周波数帯での予測が困難な点が課題とされていた。
それに対して今回の研究では、課題を克服する新理論が構築された。大気の電気伝導度を考慮した新しい電磁波計算手法が開発され、探索範囲が約30Hzまで拡張されたことで、世界最高感度が達成された。この新理論により、地球-電離層空洞の影響で特定周波数(約8Hz)において信号が強められる点や、地理的位置によって信号の強度や向きが異なることが解明され、特に東南アジアで高い探索感度が期待されることが示されたとしている。
この理論的予測に基づき、英国地質調査所公開のエスクデールミュア観測所の約10年分(2012〜2022年)の地球磁場データが解析された。人工ノイズの除去後、理論が予測する「ダークマターなら長期間ほぼ一定の周波数で出現し続ける」という特徴を手がかりに、信号候補の選定と統計解析が実施された。
その結果、10^-15〜10^-13eVの広い質量帯において、欧州合同原子核研究機関(CERN)のアクシオン検出用実験装置「CAST」を大きく上回る「アクシオン・光子結合定数」(地球磁場下での電磁波生成効率を左右する、アクシオンと光子の相互作用の強度を示すパラメータ)の制限が得られたとした。
特に、アクシオンの質量が3×10^-14eV付近では、アクシオン・光子結合定数は4×10^-13GeV^-1以下と、CASTより約100倍厳しい上限値が算出された。これは、一定の理論的仮定に基づくNASAのX線天文観測(チャンドラおよびNuSTAR)による制限と同等以上であり、この質量帯の地上探索において世界最高感度が達成されたことになる。
さらに、構築された理論をダークフォトンへと拡張することで、高周波数帯の信号が初めて定量的に予測された。ダークフォトンはアクシオンと異なり、地球磁場がなくても電磁波を生成するため、期待される信号の特徴が異なる。同一観測データを解析した結果、質量範囲10^-15〜2×10^-13eVにおいて、「動混合定数」(ダークフォトンと通常光子の「混合」の強さを表す無次元パラメータで、値が小さいほど検出が困難となる)に対する地上直接探索として、こちらも世界最高感度の制限が達成された。
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約10年にわたって観測された地球磁場データを用いたアクシオン(左)とダークフォトン(右)の探索結果。横軸はダークマター質量、縦軸は光子との結合の強さを表し、値が小さいほど、より弱い相互作用まで探索できる高感度な結果を表す。青線より上側は今回の研究で排除された領域、他の色はCASTなど、従来の実験・観測による制限を表す。アクシオンでは質量3×10^-14eV付近でCASTの約100倍厳しい制限、ダークフォトンでも地上直接探索として世界最高感度の制限が達成された (出所:京大プレスリリースPDF)
今回の研究により、地球全体を「ダークマター検出器」に見立てる新発想により、既存の地球磁場観測データをダークマター探索に活用する途が拓かれた。極低周波数帯(0.3〜100Hz)を観測可能な設備であれば応用できるため、新たな大型実験装置を建設せずとも世界各地の観測網を活用が可能となり、低コストかつ広域なダークマター探索手法の確立につながることが期待されるとした。
今後は、今回発見された信号候補を対象に、複数の観測所による追観測や同時解析が期待されるとする。特に、アクシオン由来の信号は地球磁場構造に応じて観測地点ごとに異なる特徴を示す一方、ダークフォトンでは地理的な差がほぼ生じないため、この違いから信号候補の正体やダークマターの種類まで識別できる可能性があるとした。今回構築された理論は、次世代のダークマター探索の基盤となることが期待されるとしている。