電力変換時に生じるエネルギー損失を極限まで低減できる超低損失パワーデバイスの実現が強く望まれている。そうした背景から、高い絶縁破壊電界、キャリア移動度、熱伝導率を有するダイヤモンドが「究極の半導体材料」として期待されている。また、低損失化に最も有利なMOSFET(金属-酸化膜-半導体構造を持つ電界効果トランジスタ)構造とされるのが、半導体に溝(トレンチ)や窪みを設け、その側壁を開閉可能な電流の通り道(チャネル)として用いる「トレンチ型MOSFET」である。
その両者を組み合わせたトレンチ型ダイヤモンドMOSFETは、低損失パワーデバイスの究極形の1つと考えられているが、その原理上、パワーデバイスに要求される「ノーマリーオフ動作」を安定して実現することが課題だった。
その解決する方法として、安定なノーマリーオフ動作としきい値制御が可能な「反転層」をチャネルに用いた「トレンチ型反転層チャネルダイヤモンドMOSFET」を実現し、その動作実証に世界で初めて成功したことを、金沢大学と産業技術総合研究所(産総研)の両者が9月18日に共同発表した。
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トレンチ型反転層チャネルダイヤモンドMOSFETの上面図(a)および断面模式図(b)。Y. Nakamura, M. Nagai et al., Diamond and Related Materials (2026), CC BY 4.0 に基づき改変 (出所:金大ニュースリリースPDF)
同成果は、金大 ダイヤモンド研究センターの德田規夫教授、金大大学院 自然科学研究科 電子情報科学専攻の中村勇斗大学院生、産総研 先進パワーエレクトロニクス研究センター ダイヤモンドデバイス研究チームの長井雅嗣研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、ダイヤモンドや関連先端材料の基礎科学から技術応用までを扱う専門論文誌「Diamond and Related Materials」に掲載された。
トレンチ型ダイヤモンドMOSFETが抱える課題と解決策
トレンチ型MOSFETは、電流を基板の垂直方向に流す「縦型」に分類され、チャネルをトレンチ側壁(縦方向)に形成することで、単位面積あたりのチャネル密度を高められることが特徴である。加えて、損失成分である「JFET抵抗」も生じないことから、オン抵抗を低く抑えられ、低損失化に最も有利なMOSFET構造とされている。
ダイヤモンドを用いたトレンチ型ダイヤモンドMOSFETにおいて、最大の障壁となっていたのが「ノーマリーオフ動作の安定した実現」だ。ノーマリーオフとは、ゲートに電圧を加えていない時には電流が流れず、電圧を加えて初めて電流が流れる特性のことを指す。ノーマリーオフ動作は、停電やシステムの異常時に自動で電流を遮断して安全に停止できるフェイルセーフ機構として機能するため、パワーデバイスに不可欠な特性とされている。
この課題を解決する手法として期待されるのが、「反転層」をチャネルに用いる方法である。反転層とは、ゲート電圧により、ゲート直下の半導体に少数存在するキャリア(電流の運び手)が半導体表面に集められてできる導電性の層のこと。反転層チャネルは安定なノーマリーオフ動作としきい値制御(チャネルが形成され始めるゲート電圧「しきい値電圧」を狙い通りの値に設計・調整すること)を可能にする。
しかし、ダイヤモンドにおいて反転層を形成可能な表面は結晶の{111}面に限られるのに対し、従来のトレンチ形成手法では{111}側壁を備えたトレンチを十分な品質で形成することが困難だった。そのため、トレンチ型反転層チャネルダイヤモンドMOSFETの動作実証はこれまで実現されていなかった。
そこで研究チームは今回、独自開発したダイヤモンド(111)面上への反転層チャネルMOSFET作製技術と、水蒸気雰囲気中でのニッケルへの炭素固溶反応を利用した結晶異方性ダイヤモンドエッチング技術とを組み合わせ、新たなトレンチ型反転層チャネルMOSFETの作製プロセスの開発に取り組むことにした。
今回の研究成果
新たに開発された「結晶異方性エッチング技術」では、ダイヤモンド(100)面上に、{111}面を側壁とする逆ピラミッド型のトレンチを形成することが可能である。今回、世界初の動作実証に成功したことで、開発された技術を用いて形成したトレンチ側壁が反転層チャネルとして利用可能であることが実証された。
さらに、作製されたデバイスは、室温だけでなく300℃の高温環境下においても明瞭なFET特性とノーマリーオフ特性を示すことが確認された。なお、FET特性とは、ゲートに加える電圧により素子を流れるドレイン電流の大きさを制御できることや、ドレイン電圧の増加に伴いドレイン電流が増加し、一定電圧以上で飽和することなどである。
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トレンチ型反転層チャネルダイヤモンドMOSFETの室温および300℃における電気的特性(a)ドレイン電流密度-ドレイン電圧特性(b)ドレイン電流-ゲート電圧特性。Y. Nakamura, M. Nagai et al., Diamond and Related Materials (2026), CC BY 4.0 に基づき改変 (出所:金大ニュースリリースPDF)
今回の成果は、パワーデバイスにおいてフェイルセーフの観点から安全とされるノーマリーオフ特性を備えた、新たなトレンチ型ダイヤモンドMOSFETの可能性を切り拓くものである。研究チームは今後、デバイス構造の最適化を進めることで、さらなる低損失化を目指すとした。将来的には、電気自動車や電力網への搭載を通じて省エネルギー化を達成し、カーボンニュートラル社会の実現に貢献することが期待されるとしている。