このサイエンス分野のニュースのまとめ

・2026年のクラリベイト引用栄誉賞として世界7か国・地域から22名を選出
・日本からは超高効率な有機ELの実現に貢献した九州大学の安達千波矢 教授が受賞
・2002年の開始以降、引用栄誉賞受賞者のうち89名が後にノーベル賞を受賞

英Clarivate(クラリベイト)は9月17日、近い将来ノーベル賞を受賞する可能性がある研究者を選出する「クラリベイト引用栄誉賞(Citation Laureates)」の2026年版を発表した。

2026年は、生理学・医学、物理学、化学、経済学の4分野から合計22名を選出。受賞者の主要所属機関を国・地域別に見ると、米国が16名で、カナダ、デンマーク、イスラエル、日本、中国本土、スイスが各1名となった。

日本からは、九州大学(九大)大学院工学研究院 応用化学部門の教授で、同大学最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)センター長を務める安達千波矢氏が物理学分野で選出された。

引用実績と専門家の分析からノーベル賞級の研究者を選出

クラリベイト引用栄誉賞は、同社の学術文献引用データベース「Web of Science Core Collection」に収録された論文や引用データを基に、学術界へ大きな影響を与えた研究者を選出するもの。

クラリベイトのInstitute for Scientific Information(ISI)のアナリストが、論文の被引用数などの定量的情報に加え、研究への貢献度や他の科学賞の受賞歴、研究成果の社会的影響などを分析し、ノーベル賞級とみなされる研究者を選んでいる。

1970年以降にWeb of Scienceへ索引付けされた論文と会議録は6700万報を超えるが、このうち2000回以上引用された論文は約1万2000報と、全体の0.02%未満にとどまる。

引用栄誉賞では、こうした極めて引用数の多い論文を起点に、研究分野や国境を越えて長期的な影響を与えた研究成果を特定する。

同賞は2002年に始まり、2026年までに選出された研究者は487名となった。このうち89名が、その後にノーベル賞を受賞している。

ただし、引用栄誉賞は特定の年のノーベル賞受賞者を予測するものではなく、将来的にノーベル賞を受賞するに値する成果を挙げた研究者を顕彰する賞と位置付けられている。

超高効率な有機ELの実現に貢献した安達千波矢氏

安達氏の受賞タイトルは「リン光有機発光ダイオード(PHOLED)および熱活性化遅延蛍光(TADF)に関する先駆的研究により、超高効率の有機発光ダイオードを可能にしたことに対して“for pioneering research on phosphorescent organic light-emitting diodes (PHOLEDs) and thermally activated delayed fluorescence (TADF), enabling ultrahigh-efficiency organic light-emitting diodes”」で、共同受賞者は米ミシガン大学のStephen R. Forrest氏と、南カリフォルニア大学のMark E. Thompson氏としている。3氏の研究成果は、有機ELディスプレイや照明の発光効率を高め、消費電力の削減につなげる技術基盤となったという。

有機EL(OLED)は、有機材料へ電流を流すことで発光させるデバイスで、液晶ディスプレイのようなバックライトを必要としない。画素そのものが発光するため、高いコントラストや応答速度、薄型化、柔軟な形状への対応といった特徴を持ち、スマートフォンを中心にさまざまなエレクトロニクス分野で活用されるようになっている。

PHOLEDとTADFで三重項励起子を発光へ活用

有機ELの発光層で電子と正孔が結合すると、「励起子」と呼ばれる高いエネルギー状態が生じる。励起子には一重項励起子と三重項励起子があり、従来の蛍光材料では主に一重項励起子しか発光に利用できなかった。理論上、一重項励起子の生成比率は約25%であり、残る約75%を占める三重項励起子を発光へ利用できないことが、蛍光型有機ELの内部量子効率を制限する要因となっていた。

Forrest氏とThompson氏らが開拓したPHOLEDは、イリジウムなどの重金属を含む錯体を発光材料として用い、三重項励起子をリン光として取り出す技術で、一重項励起子と三重項励起子の双方を発光へ利用できるため、高い内部量子効率を実現できる第2世代発光技術となる。

また、安達教授が研究を進めてきたTADFは、通常は発光に利用しにくい三重項励起状態を、周囲の熱エネルギーを利用して一重項励起状態へ変換し、蛍光として取り出す現象を活用する手法で、希少金属を使わずに、電気励起によって生成する励起状態を高い割合で発光に利用できることが特徴となっており、蛍光、リン光に続く第3世代OLED発光技術として、有機エレクトロニクスにおける重要な研究分野へと発展しているという。

TADF材料は、希少金属を使用せずに高い発光効率を実現できることから、OLEDの性能向上と持続可能性の両立に貢献する技術として期待されているほか、TADF材料を励起エネルギーの供給役として利用し、最終的な発光を別の蛍光材料から生じさせ、そのエネルギーを高色純度の蛍光材料へ移動させて発光させることで、TADFの高効率性と蛍光材料の優れた色純度を両立する技術「ハイパーフルオレッセンス」についても研究が進められており、高効率と高い色純度、長寿命を両立する次世代有機ELへの実用化が期待されているとする。

物理学では省エネ材料と量子異常ホール効果も選出

なお、物理学分野では安達教授ら3氏のほか、室温で動作する磁気電気マルチフェロイクスの基礎理論を発展させたスイス連邦工科大学チューリッヒ校のNicola A. Spaldin氏、ならびに量子異常ホール効果を実験的に観測した功績で中国・清華大学のQikun Xue氏が選出されている。

生理学・医学分野ではGLP-1医薬品につながる基礎研究を評価

生理学・医学分野では、糖尿病や肥満症の治療に用いられるGLP-1受容体作動薬の基盤を築いた研究に対して、カナダ・トロント大学のDaniel J. Drucker氏、デンマーク・コペンハーゲン大学のJens Juul Holst氏、米ロックフェラー大学のSvetlana Mojsov氏の3氏が受賞したほか、光干渉断層計(OCT)を開発に対して、米マサチューセッツ工科大学のJames G. Fujimoto氏およびEric A. Swanson氏、米オレゴン健康科学大学のDavid Huang氏、免疫系で重要な役割を持つ細胞接着受容体を発見した米ハーバード大学のTimothy A. Springer氏も選出された。

化学分野では、自己組織化単分子膜(SAM)を開発した米ペンシルベニア州立大学のDavid L. Allara氏、米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のRalph G. Nuzzo氏、イスラエル・ワイツマン科学研究所のJacob Sagiv氏の3氏のほか、タンパク質内における長距離電子移動の仕組みの解明に貢献した研究として、米カリフォルニア工科大学のHarry B. Gray氏とJay R. Winkler氏、精密遺伝子編集技術の開発を行った米ハーバード大学のDavid R. Liu氏が選出された。

2026年の受賞研究を見ると、GLP-1医薬品やOCT、有機EL、遺伝子編集など、数十年前に始まった基礎研究が、医療や電子機器などで広く利用される技術へ発展したテーマが目立つ。

クラリベイト引用栄誉賞は、被引用数を元にしたものであり、各年のノーベル賞受賞者を予測するものではない。論文が長期にわたって世界の研究へ与えた影響を分析し、ノーベル賞級と評価できる研究成果を明らかにする取り組みである。

安達氏の選出も、有機ELという実用技術の高効率化に加え、発光材料の設計思想を変え、その後の研究と産業に世界的な影響を与えた点が評価されたものといえる。

なお2026年のノーベル賞は10月5日から12日にかけて発表される予定である。ただし、今回選出された22名が同年のノーベル賞候補者であることを意味するものではなく、数年後、あるいはさらに長い期間を経て受賞する可能性を持つ研究者として、その成果が顕彰された形となる。