宇宙航空研究開発機構(JAXA)は7月16日、欧州宇宙機関(ESA)が主導し、JAXAも参加する長周期彗星探査計画「Comet Interceptor(コメット・インターセプター)」において、地球の水の起源を解明する鍵となる、長周期彗星の水(氷)に含まれる水素に対する重水素の同位体比(D/H比)の光学計測が、ソフトウェア面の工夫により観測装置「水素イメージャ」を探査機に搭載可能なサイズに超小型化しても十分な性能を確保できることを実証したと発表した。

  • コメット・インターセプターと吸収セル

    (左)コメット・インターセプター(credit:JAXA)。(右上)水素イメージャ。(右下)吸収セル。(出所:ISAS Webサイト)

同成果は、JAXA 宇宙科学研究所(ISAS) 太陽系科学研究系の鈴木雄大 日本学術振興会特別研究員(PD)(米・ボストン大学 宇宙物理学センター 客員研究員兼任)、同・村上豪准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国地球物理学連合が刊行する、惑星科学を扱う論文誌「Journal of Geophysical Research: Planets」に掲載された。

彗星の水素同位体比測定手法確立に向け前進

約46億年前に形成された直後の地球は、全球が溶融した「マグマオーシャン」の状態だったと考えられている。しかし、その後地球には大量の水が存在するようになり、それがなければ生命は誕生しなかった可能性が極めて高い。地球の水の起源としては、現在では彗星や小惑星などが運んだと考えられており、まだ完全な解答は得られていない。

特に彗星は重要な候補天体の1つだ。彗星は、水が宇宙空間で氷として存在できるスノーライン(現在では小惑星帯の外側付近)よりもさらに外側の太陽系外縁部で形成された、水の氷や塵を豊富に含む小天体である。そのため、初期地球への衝突によって、水を運び込んだ可能性があると考えられている。

その供給源を探る重要な手がかりの1つが、彗星や小惑星に含まれる水のD/H比だ。太陽系の天体のD/H比は形成された領域などによって異なるため、多くの小惑星や彗星のD/H比を測定して地球の海水(約0.0156%)と比較することで、地球の水が彗星に由来するのか、それとも小惑星に由来するのか、あるいはその両者が寄与しているのか、両者が寄与しているとしたらどのような割合で寄与しているのかなど、起源を探ることができる。なお、彗星のD/H比は約0.01~0.05%と幅があり、海水に近い彗星も存在する。

これまで、数多くの彗星探査が行われてきたが、対象はすべて、太陽への接近を重ねて表面が変質した短周期彗星(公転周期が200年以内)だった。一方、太陽系初期の情報を色濃く残す始原的な長周期彗星(公転周期が200年超)は、地球接近直前まで発見が困難なため、近接探査が困難な未踏の領域だった。

しかし、ESA主導でJAXAも参加するコメット・インターセプター計画がその常識を打ち破ろうとしている。同ミッションでは、あらかじめ探査機を打ち上げて太陽-地球系のラグランジュ点(L2点)に最大3~4年待機させておき、長周期彗星や、「オウムアムア」に代表される恒星間天体など、到達可能な未知の天体が現れたら、母船と2機の超小型探査機(子機)でフライバイによる多点観測を行うという内容だ。

コメット・インターセプターに搭載すべく、研究チームによって開発が進められているのが「水素イメージャ」だ。D/H比を光学観測するには極めて高い波長分解能が必要であり、従来は大型分光器が不可欠だった。しかし、大型分光器では探査機への搭載が困難であるため、同装置は水素分子または重水素分子ガスを封入した小型ガラス容器「吸収セル」を用いることで、数十cmサイズへの超小型化が目指されている。

吸収セルでは、内部のフィラメントに外部から電圧を印加すると、封入されたガスが原子に解離し、その原子特有の波長の光だけをピンポイントで吸収する非常に波長分解能の高いフィルターとなる。大型分光器を使わずに特定の輝線成分を分離することが可能だが、この超小型機器で正確に観測するには、ハードウェアの物理的限界をソフトウェアでどれだけ補えるかがポイントとなる。そこで研究チームが着目したのが、JAXAが2013年9月から2023年12月まで運用した惑星分光観測衛星「ひさき」が10年間にわたって取得したデータ中の、長周期彗星の貴重な未解析データだった。

そして解析の結果、25年以上も十分に議論されてこなかった、彗星ガス中での光の「多重散乱効果」が明確に捉えられていることが見出された。多重散乱効果とは、光が天体のガス中の原子によって繰り返し散乱される現象のことである。多重散乱が生じるということは彗星のガスが濃いということであり、ガス密度と光量の単純な比例関係が崩れるため、計算が極めて複雑になる。しかし、「ひさき」による知見が得られたことから、新たに「光の放射伝達モデル」の構築に成功。彗星の本体(核)付近ではガスのD/H比が上昇して見えるという、新しい光学的効果が明らかにされた。

さらに、構築された計算モデルと、吸収セルの実験によるパラメータ最適化のアプローチを融合させ、探査機の観測実証が行われた。水素イメージャが彗星フライバイ時に重水素吸収セルを数秒ずつ周期的にON/OFF駆動させるという、実際の運用計画に即した模擬データが作成された。そして、比較的穏やかな彗星から活発な彗星まで多様な対象を想定して計算が行われた。

  • 彗星最接近前後の水素イメージャの模擬観測データの例

    彗星最接近前後の水素イメージャの模擬観測データの例。数秒ごとに重水素吸収セルのON/OFFを切り替えるため、理想的には重水素の存在量に応じて検出される光量が上下する(黒線)。実際には光量にランダム誤差が生じるため、ON/OFF駆動時の光量(それぞれ赤点/青点)の差は一目では判別しにくく、時間積分が必要となる。(出所:ISAS Webサイト)

その結果、重水素の光がカットされたON時とすべての光が通るOFF時のデータをそれぞれ時間積分し、その差分を取ることで、一見ノイズに埋もれてしまう微弱な重水素の光でも、この超小型機器を武器に高い精度で捉えられることが示された。

  • 彗星ガス中の重水素検出で期待されるS/N比

    彗星ガス中の重水素検出で期待されるS/N比。コメット・インターセプターの探査対象は打ち上げ後に決定されるため、事前準備の際には多様なパラメータ(水放出率・D/H比)の彗星を想定した計算が必要となる。これまでの観測から予測される水放出率1028~1030/s、D/H比1~5×10-4というパラメータ範囲の大半において、重水素を十分なS/N比で検出可能であることがわかる。(出所:ISAS Webサイト)

今回の研究では、前例のない長周期彗星のD/H比の光学計測が、超小型計測器というハードウェア面での厳しい制約下でも、「ひさき」のデータを活用した新しいモデルを構築したことで、達成可能であることが実証された。今回の手法は、進行中のコメット・インターセプター計画での成果を保証するだけでなく、今後の宇宙探査の可能性を飛躍的に広げ、地球の水の起源解明を大きく進める可能性があるとしている。