国立天文台(NAOJ) ハワイ観測所は7月13日(現地時間)、新型近赤外線分光器「NINJA(ニンジャ)」が、今夏にすばる望遠鏡へ搭載され、初の試験観測に挑むことを発表した。

  • ハワイ観測所の山麓施設に到着したNINJAと開発チーム

    ハワイ観測所の山麓施設に到着したNINJAと開発チーム。右からNAOJ 先端技術センターの東谷千比呂博士、ハワイ観測所の森鼻久美子博士、ハワイ観測所 装置エンジニアリング部門のMatthew Wung氏(研究当時)。(c)国立天文台(出所:すばる望遠鏡Webサイト)

近年、宇宙ではさまざまな突発現象が観測されるようになっており、解像度は低いものの広い範囲を一度に観測できる宇宙望遠鏡や地上望遠鏡などが発見し、より高解像度で詳細な観測が可能な地上の大型望遠鏡や宇宙望遠鏡が緊急対応で追観測するという世界的な連携の仕組みが構築されている。

しかし、アラートが届いてから実施中の観測を一時中断し、望遠鏡を突発現象へ向け直すには、すばる望遠鏡の場合は観測装置の交換や望遠鏡の姿勢変更、校正などを要するため、時間的・運用上の制約がある。つまり、アラート受信から数十秒で観測を開始するなどということは不可能である。

一方で、突発現象には1分1秒を争うような、観測可能な時間が極めて限られている現象も存在する。たとえば、中性子星同士の連星が合体する際に生じる「キロノバ」現象もその1つだ。中性子星同士の合体は宇宙でも屈指の激しい現象であり、とてつもないエネルギーが放出されるため、その可視光での明るさは通常の新星(ノバ)の約1000倍に達することからその名がつけられた。

キロノバの光学観測は容易ではない。重力波望遠鏡が重力波を観測しても、光学望遠鏡で直ちに捉えられるほど正確な天体座標を割り出せるわけではない。ある程度の範囲には絞り込めるものの、それでも光学望遠鏡の視野と比べると広大な天域に存在する無数の銀河の中から、候補となる銀河や天体を多数調べていく必要がある。キロノバを光学観測するには、この「見つけ出す」という作業が伴うため、文字通り1分1秒を無駄にできない。

キロノバの光学観測は、中性子星同士の合体のメカニズムや、宇宙において金や白金などの鉄よりはるかに重い元素がどのようにして合成されるのかといった、多くの謎を解明する手掛かりになる。このような「時間との勝負」の観測に対し、「即応性」に加え「高効率」と「高感度」という特徴も備えるのが、すばる望遠鏡の新型の近赤外線分光器「NINJA(Near-INfrared and optical Joint spectrograph with Adaptive optics)」である。

NINJAはすばる望遠鏡に常設されるため、装置の交換を行う必要がなく、観測を即応的に始めることが可能だ。また、近赤外域の0.85~2.5μmの広い波長範囲を同時に取得でき、効率に優れる。なお、すばる望遠鏡ではこの波長範囲を一度に観測できる分光器は初となる。そして、大気のゆらぎによる星像のぼけを補正する補償光学とNINJAを組み合わせることで、より暗い天体まで高感度で観測することができるようになる。この3つの特徴を活かし、NINJAは重力波天体のような突発現象だけでなく、宇宙初期の遠方銀河の観測でも威力を発揮すると期待されている。

NAOJ 先端技術センターを拠点に開発が進められてきたNINJAは、各種性能試験をほぼ終了し、2026年2月にハワイへ輸送された。今夏には、いよいよすばる望遠鏡に搭載され、初めての試験観測が試みられる。

NINJAの開発では、早稲田大学(早大)と東京大学の3名の大学院生が中心となって活躍している。天体の光を正確に分光器へ導く技術や、極低温で動作する装置の制御、検出器から微弱な信号を高精度に読み出す技術など、NINJAの性能を左右する開発課題に貢献したという。

ハワイに到着したその翌月となる3月には、早大 先進理工学研究科の佐藤理究大学院生が、ハワイ島ヒロにある山麓施設でNINJAの動作確認試験を実施した。NINJAはレンズやセンサ、電気配線などをすべて組み込んだ状態で三鷹からヒロへ輸送されたため、輸送中に装置内に問題が起きていないかを確認する重要な作業だった。

佐藤大学院生は現在、NINJAの初観測に向け、すばる望遠鏡から同分光器を制御するためのソフトウェアの開発にも取り組んでいる。今夏の試験観測に対し、「先端技術センターで、自分が関わった装置が少しずつ形になっていく過程を見るのは間違いなく楽しかったです。装置を送り出した時は、本当にハワイに行く実感が湧きませんでしたが、自分が実際にハワイに来て、無事に到着した装置に触れた時は感慨深いものがありました。この装置を使って遠方銀河などの観測研究に取り組めることを楽しみにしています」とコメントしている。

  • 早大の佐藤大学院生とNAOJ 科学研究部の守屋尭博士

    NAOJ 先端技術センターにて、ハワイへの輸送を控えたNINJAの内部を確認する早大の佐藤大学院生(中央)とNAOJ 科学研究部の守屋尭博士(左)。(c)国立天文台(出所:すばる望遠鏡Webサイト)