この半導体ニュースのまとめ

・東京大学、NIMS、名古屋大学が、サファイア基板上に直接成長した単結晶MoS2でトランジスタ基本動作を実証
・性能低下の要因が界面に残存する硫酸基や水分子由来種による隠れた電子ドーピングであることを解明
・H2/Arアニールによる完全ドライ界面制御により、転写工程に頼らない2次元半導体ウェハ利用に道を開く

東京大学(東大)は、物質・材料研究機構(NIMS)および名古屋大学(名大)との共同研究により、MOCVD法でサファイア基板上に成長した単結晶MoS2について、成長基板上で直接トランジスタ動作させることに成功したと発表した。

同成果は、東大 大学院工学系研究科マテリアル工学専攻の李曙紅氏(博士課程、研究当時)、渥美圭脩氏(博士課程)、松本昂征氏(修士課程)、田中一樹氏(修士課程、研究当時)、西村知紀 技術専門職員、金橋魁利 助教、長汐晃輔 教授、NIMS 電子・光機能材料研究センターの長田貴弘グループリーダー、同 ナノアーキテクトニクス材料研究センターの奈良純 主幹研究員、同 電子・光機能材料研究センターの佐久間芳樹 NIMS特別研究員、名大 未来材料・システム研究所の狩野絵美 助教、五十嵐信行 教授らによるもの。詳細は2026年7月5日付で材料科学分野に関する学術雑誌「Advanced Materials」に掲載された

サファイア基板上のMoS2の課題

MoS2は、原子層レベルの薄さと半導体特性を併せ持つ2次元半導体材料であり、シリコン半導体の微細化がサブ1nmノード世代に近づく中、短チャネル効果を抑制できる次世代チャネル材料候補として注目されている。

近年、MOCVD法によるウェハスケール単結晶MoS2の成長技術が進展を見せているものの、サファイア基板上に成長したMoS2は基板界面の影響を強く受け、そのままでは良好なデバイス動作が得られにくいため、これまでは別基板へ貼り替える転写工程が必要と考えられてきた。

しかし転写工程は、膜の破れ、しわ、不純物混入などを引き起こしやすく、大面積集積化における信頼性低下の要因となる。2次元半導体を将来の集積回路材料として用いるためには、成長したMoS2を単なる「転写用薄膜」ではなく、「MoS2ウェハ」として直接利用できる技術の確立が課題となっていた。

性能低下の原因は界面の“隠れた電子ドーピング”

研究グループが、MOCVD法でサファイア基板上に成長した単層MoS2単結晶上に、転写工程を用いずにトップゲートトランジスタを形成して調査したところ、初期状態ではゲート電圧を印加しても電流を十分に遮断できず、強い電子ドーピング状態にあることが判明。この原因を調べることを目的に、材料と界面の状態を詳細に解析したところ、X線光電子分光分析により、硫酸イオン由来と考えられるS6+成分を検出したという。また、水分子がMoS2表面ではなく、MoS2/サファイア界面内部に存在していることも確認したとする。

これらの結果について研究グループでは、サファイア基板界面には硫酸由来層と水分子が残存し、それらがMoS2を過剰に電子ドープしていると考えたとする。これは、成長直後のMoS2そのものの品質だけでなく、MoS2とサファイア基板の界面に残る微量な化学種が、トランジスタのオン・オフ動作を阻害する主要因となっていたことを示すものとなる。

H2/Arアニールで完全ドライ界面制御を実現

この課題を解決することを目的に研究グループでは400℃のH2/Arアニールを用いる乾式界面制御手法を導入。水素とアルゴンの混合ガス中で熱処理を行うことで、MoS2/サファイア界面にトラップされていた硫酸基や水分子を外部へ脱離させるプロセスだという。

特徴は、MoS2ウェハ上にてチャネルパターンなどのデバイス構造を形成した後に、H2/Arアニール処理を行う点で、これにより、原子層の隙間から界面不純物を効果的に除去し、転写や湿式処理を介さずに、明瞭なオフ状態を持つ本来のトランジスタ動作を実現したという。

この結果、チャネル長20μm、チャネル幅10μmのトップゲートデバイスにおいて、アニール前後で伝達特性が改善され、直接成長MoS2ウェハ上で良好なオン・オフ特性が得られ、材料および界面の健全性が検証されたとしている。

  • サファイア基板上に直接形成されたデバイス群の特性

    サファイア基板上に直接形成された「MoS2ウェハ」デバイス群と、そのオン・オフ特性(チャネル長L=20μm、チャネル幅W=10μm)。転写工程を一切介さず、界面制御のみで良好なトランジスタ動作を実現できることが示されたという (出所:東大)

転写工程を不要にする2次元半導体集積化の基盤技術

今回の成果の意義は、2次元材料を用いた半導体の集積化(2次元半導体)における根本的なボトルネックとされていた転写工程を不要にできる可能性を示した点にある。

2次元半導体として大面積かつ高品質な結晶成長技術が進展しても、デバイス作製時に別基板へ転写する必要があれば、量産性や歩留まり、信頼性の面で課題が残ることとなる。特に集積回路用途では、ウェハスケールで均一な素子を多数形成し、ばらつきを抑えながら回路として動作させる必要があるため、転写フリーのプロセスは重要な意味を持つこととなる。

今回、サファイア基板上に直接成長した単結晶MoS2を、そのままトランジスタプラットフォームとして利用できる可能性が示されたことで、2次元半導体を実際の集積回路へ展開するためのプロセス基盤が一歩前進したといえる。

なお、研究グループでは今後について、今回開発された技術を基盤として、ウェハスケールで多数の素子を集積した回路の構築と動作実証へと研究を発展させ、次世代の2次元半導体エレクトロニクスの実装基盤の確立を目指すとしている。