早稲田大学(早大)は6月29日、陸生昆虫をベースにした「サイボーグ昆虫」が水中や低酸素環境でも活動可能となる、機能性と柔軟性を備えた「潜水スーツ」を開発したと発表した。
-

昆虫サイボーグ用潜水スーツの主な構成。画像は、Nature Communicationsに掲載された研究資料に基づき作成されたもの。(c)シンガポール南洋理工大学/早稲田大学(出所:早大プレスリリースPDF)
同成果は、シンガポール・南洋理工大学の佐藤裕崇教授、早大 理工学術院 創造理工学部の梅津信二郎教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の旗艦オープンアクセスジャーナル「Nature Communications」に掲載された。
浸水した災害現場やインフラ内部での活用に期待
震災時の瓦礫の下に埋もれた要救助者の捜索や、上下水道管などの人間が入れない直径の配管内などの点検において、車両型やヘビ型などの小型ロボットの活用研究が進められている。しかし、小型の機体にバッテリーや駆動システム、センサ、CPUなどをすべて搭載せねばならず、稼働時間の延長が困難な点が課題だった。
そこで、小型でありながら優れたセンサ性能を有し、移動自体には電力を消費しない昆虫に電子機器を搭載して制御する、小型ソフトロボットとしての「サイボーグ昆虫」に注目が集まっている。
研究チームが開発したサイボーグ昆虫は、2025年のミャンマー大地震においてシンガポールのレスキュー隊による捜索活動に投入されたが、大きな課題も浮き彫りとなった。その際のサイボーグ昆虫は陸上活動を前提としていたため、水没すると酸素を取り込めず活動継続が困難になることが判明したのである。そこで研究チームは今回、サイボーグ昆虫が水中や低酸素環境でも活動できるようにするための対策を講じることにしたという。
一般に昆虫は体側にある気門から空気を取り込み、体内の気管を通じてガス交換を行う。気門を閉じて雨の侵入をある程度は防げても、水中に潜ることは、専用の適応を遂げた水棲昆虫以外の陸生動物にとっては死活問題となる。そこで今回の研究では、サイボーグ昆虫が装着可能な、小型かつ柔軟な潜水スーツが開発された。
同スーツは、主に3つの要素で構成される。1つ目は酸素発生タンク、2つ目は昆虫の体の一部を覆って浸水を防ぐ柔軟なシェル、3つ目は発生した酸素を気門へと届ける4本のシリコーン製酸素供給チューブだ。これらを組み合わせることで、水を遮断しながら呼吸に必要な酸素を直接供給する仕組みが構築された。
-

潜水スーツによるサイボーグ昆虫の水陸両用化の仕組み。画像は、Nature Communicationsに掲載された研究資料に基づき作成されたもの。(c)シンガポール南洋理工大学/早稲田大学(出所:早大プレスリリースPDF)
酸素発生タンクは、透明な樹脂材料を用いて3Dプリントで作製された。タンク内には、二酸化マンガンを分散させた多孔材が配置されており、ここに濃度を調整した過酸化水素水を注入すると、二酸化マンガンが触媒として機能して過酸化水素が分解され、酸素が発生する。この酸素は、柔軟なシェルとシリコーンチューブを経由し、昆虫の胸部や腹部にある気門へと送られるという仕組みだ。
実証実験には、身体が大きくて頑丈で翅を持たないことから、サイボーグ昆虫研究で広く用いられる「マダガスカルオオゴキブリ」が使用された。スーツ未装着の場合、サイボーグ昆虫は水中で約2分後に活動を停止したが、スーツ装着の場合は、最大3時間にわたって水中活動を継続できることが確認された。これにより、従来は陸上での移動のみだったサイボーグ昆虫を、陸上と水中の双方で活動可能な「水陸両用サイボーグ昆虫」へと進化させることに成功したのである。
今回の成果は、災害救助やインフラ点検におけるサイボーグ昆虫の活動限界を大幅に拡張するものといえる。実際の被災現場では、大雨や洪水によってがれきの隙間や排水溝、地下空間、トンネルなどが浸水するケースも少なくない。こうした環境では、人間の立ち入りが危険であり、従来のロボットもサイズや電力、防水性能の制約から、十分な移動や探索を行えない課題があった。
しかし、今回開発された潜水スーツにより、サイボーグ昆虫は陸上だけでなく、水たまりや浸水空間、さらには低酸素であったり、有毒ガスが充満していたりする環境下でも活動が可能となった。これにより、被災地での要救助者捜索や、浸水した配管・排水路・トンネルの点検、狭隘空間の環境調査などへの応用が期待されるとした。
また、今回の研究コンセプトは、ゴキブリ以外の陸生昆虫にも応用できる可能性が示された。多くの昆虫は、共通した呼吸システムとして気門を利用しているため、将来的には、他の種類のゴキブリ、バッタ、甲虫類などへの横展開も視野に入っているという。
今後は、実際の災害現場に即した過酷な環境での検証が検討されている。例えば、がれきや泥、水流、狭隘隙間、障害物が混在する環境下で、サイボーグ昆虫が安定して移動できるのかの確認が必要となる。また、長時間の使用に向け、潜水スーツ自体の耐久性や防水性、酸素供給の安定性をさらに高めることも重要とした。
加えて、実用化に向けては、各種センサや無線通信、位置推定、ナビゲーション技術との統合が不可欠となる。研究チームは将来的に、災害現場やインフラ点検現場で、サイボーグ昆虫が取得した各種情報を外部へ送信し、人間が入れない場所の状況把握に役立てることを目指すとしている。