東邦大学は7月7日、背中を撫でることでヒトの乳幼児も離乳前の仔マウスも自発運動が減少して大人しくなることが見出され、さらに仔マウスでの詳細な解析から、撫で続けることで心拍数の低下や入眠促進、ストレス反応の緩和が引き起こされることが確認されたと発表した。

同成果は、東邦大 医学部の吉田さちね講師、同・船戸弘正教授らの研究チームによるもの。詳細は、英総合学術誌「Nature」系の生物学を扱うオープンアクセスジャーナル「Communications Biology」に掲載された。

乳幼児にとって養育者との身体的な触れ合いは、心身の健全な発達に重要な経験とされる。多様な触れ合いの中でも乳幼児を撫でる行為は、なだめたり寝かしつけたりする場面で広く行われてきた。しかし、どの身体部位を撫でると最も落ち着きやすいのか、その反応が生物として先天的に備わっているのか、またどのような仕組みで生じるのかなど、未解明な部分が多く残されていた。

そこで研究チームは今回、母親と0~2歳児の母子15組を対象に、撫でる刺激が乳幼児に及ぼす作用について、自発運動量と心拍数に着目して検討したという。

乳幼児を対象とした研究では、機嫌を損ねないよう自然な流れで速やかに計測を開始することが肝要となる。そのため、使用するセンサ数を必要最小限にとどめ、乳幼児には無線式の小型心電図センサが装着された。同時に、全身の運動量については動画で記録された。

実験では、母親が椅子に座って乳幼児を膝に抱っこして撫でる手法が採られた。その際の母子の向きは、最初に対面とするか、あるいは母子共に同じ方向を向くのかの選択は母子側に委ねられた。また、母子は用意された無地のTシャツやベビー肌着を着用した上で実験に臨んだ。

  • 実験における乳幼児の2種類の座り方

    実験における乳幼児の2種類の座り方。母親は、乳幼児をひざの上に前向きに座らせて腹部、後ろ向きで座らせて後頭部および背中を撫でた。最初の座る向きの選択は母子側に委ねられた。(出所:東邦大Webサイト)

母親が撫でる乳幼児の部位は、後頭部、背中、腹部の3か所だ。撫でる順番は、乳幼児の座る向きに応じ、背中→後頭部→(乳幼児の向きを反転)→腹部など、全4パターンの中から研究者が指示を行った。撫でる時間は各1分間とし、撫でる前には毎回1分間の撫でない時間が設定された。母親には、実験中に乳幼児に話しかけること、アイコンタクトを取ること、体を揺らすことを控えてもらい、十分な接触圧でしっかりと撫でるよう指示がなされた。

実験の結果、母親が乳幼児の背中を撫でると、撫でる前と比べて頭部および下半身の運動量が大きく低下することが判明。一方、後頭部や腹部を撫でた場合には運動量の低下は観察されなかった。また、後頭部を撫でると撫でる前と比べて心拍数が増加し、覚醒度が上がるような生理変化が見られた一方、背中を撫でる刺激ではこうした心拍数の増加は起こらないことが示されたという。

  • 背中を撫でられると乳幼児の自発運動量が低下することが確認された

    背中を撫でられると乳幼児の自発運動量が低下することが確認された。(A)母親に背中を撫でられている乳幼児。(B)背中を撫でられている間、乳幼児の頭部(中央)および下半身(右)の自発的な運動量は、撫でる前に比べて有意に低下した。各点は乳幼児1名のデータを示す。(出所:東邦大Webサイト)

動画データをもとに、母親が乳幼児の背中を撫でる速さの計算が行われ、平均で秒速約10.5cmと導き出された。これは、皮膚に分布する感覚神経の一種で、心地よい触覚刺激の受容に関わる「C触覚線維」を活性化する速さと同等であることが明らかにされた。これらの結果から、乳幼児は、後頭部・背中・腹部のうち、特に背中を撫でる刺激によって運動量が低下し、大人しくなることが突き止められた。

母親が乳幼児をしっかり撫でる時、その刺激は皮膚表面だけでなく皮下組織にも伝わり、C触覚線維をはじめとする複数の感覚神経を同時に活性化する。こうした複合的な刺激が、乳幼児を落ち着かせる反応を引き出す要因と考えられるとした。

次に、実験動物である仔マウスを対象に、背中を撫でることで、ヒト乳幼児と同様の運動量低下が起こるのかどうかが検証された。母マウスは仔マウスを手で撫でることはしないが、代わりに舌を使って全身を舐める。こうした「仔舐め行動」は、仔の健全な発達に重要な意味を持つ養育行動の1つとして知られている。

今回の研究では、この仔舐め行動を模して、研究者が筆で仔マウスの背中を3分間撫で、その最中に起こる筋活動、心拍、脳波の変化が記録された。その結果、背中を撫でると、撫でる前と比べて、筋活動が低下して大人しくなり、心拍数も減少した。さらに、ノンレム睡眠時と同程度にまで、ゆっくりとした低周波の脳波成分「徐波」が増え、入眠が促されることが確かめられた。

  • 背中を撫でられると仔マウスの自発運動量と心拍数は低下し、入眠が促されることが確かめられた

    背中を撫でられると仔マウスの自発運動量と心拍数は低下し、入眠が促されることが確かめられた。(A・B)仔マウスの背中を3分間撫でた結果。撫でる前の3分間とその最中の3分間について、筋活動量と心拍数が比較された。筋活動量と心拍数は、それぞれ解析区間の開始直後1分間に対する終了直前1分間の比として算出された。(C)撫でられている間の徐波活動は、ノンレム(NREM)睡眠中と同程度まで増加。徐波活動は、解析区間内のデルタ帯域パワーを合計して算出された。各点は仔マウス1匹のデータを示す。(出所:東邦大Webサイト)

また、仔マウスを孤立させている間に背中を撫で続けると、社会的な絆に関与するホルモン「オキシトシン」には変化が見られなかったが、ストレスホルモンの1種である「コルチコステロン」の上昇が抑えられることが見出された。

一方、生後早期の母マウスとの触れ合い経験がほぼない、人工飼育された仔マウスでは、背中を撫でても運動量および心拍数の低下・入眠促進・ストレス緩和は見られなかったという。そこで、母マウスに通常養育された仔マウスと人工飼育された仔マウスを用い、脳の「視床下部」に発現している遺伝子の網羅的な比較解析が実施された。なお、視床下部は睡眠、体温、摂食、内分泌、ストレス応答など、生命維持に重要な多様な生理機能の調節に関与する領域である。

解析の結果、人工飼育された仔マウスでは、電位依存性カルシウムチャネルの形成に必要な「Cacna1b遺伝子」の発現が大きく低下していることが判明。同遺伝子は、神経細胞における情報伝達において重要な役割を担うものである。さらに、通常養育された仔マウスの視床下部で、同遺伝子の発現を人為的に低下させたところ、背中を撫でても心拍数および運動量の低下、入眠促進は起こらず、人工飼育された仔マウスと同様の結果になることが実証された。

以上から、背中を撫でられて落ち着く反応は、生まれつき備わっているものではなく、生後早期の養育個体との触れ合い経験によって発達していくことが、初めて実験的に示された。また、この反応が発達する分子メカニズムの1つとして、視床下部におけるCacna1b遺伝子の発現が関与することも明らかにされた。

今回の研究により、特に背中を撫でる刺激が子を落ち着かせること、およびその反応の背景には、生後早期の養育者との触れ合い経験によって育まれる仕組みがあることが示唆された。今回得られた知見は、科学的な根拠に基づく育児・保育の手技の提案や、触覚過敏や不安などを抱える子どもの理解と支援につながることが期待されるとしている。