富士通は5月28日、川崎市の「Fujitsu Technology Park」で「中長期経営ビジョン2035」を発表し、説明会を開催した。今後10年の成長戦略を示し、ソブリンプラットフォームやフィジカルAIなどの新規領域を育成するとともに、Uvance、モダナイゼーションをAI駆動型へ進化させ、価値・成果ベースの事業モデルへの転換を加速する。

AIを軸に次の10年の成長戦略を示す「中長期経営ビジョン2035」

今回、同社は2026年度~2035年度までの10年間の経営ビジョンとして「テクノロジードリブンの価値創造」をテーマに策定。富士通 代表取締役社長 CEOの時田隆仁氏は「従来の3カ年計画から長期視点で戦略を立案し、実行することにした。今後10年間をテクノロジー主導で価値創造を進める期間にしていく」と述べた。

  • 富士通 代表取締役社長 CEOの時田隆仁氏

    富士通 代表取締役社長 CEOの時田隆仁氏

ビジョンでは「信頼できるテクノロジーの提供」と「AIドリブンの実践」に重点的に取り組み、持続的な成長を目指す。同社では今後、10年間の社会変化について社会、環境、産業、安全保障、技術の5つのカテゴリーに整理。

  • 「中長期経営ビジョン2035」の位置付け

    「中長期経営ビジョン2035」の位置付け

背景には地政学的な分断や気候変動、AIなどテクノロジーが急速に進化し、世界的な課題への対応が必要なことに加え、これらの進化は産業構造に変革をもたらし、事業やルール、価値そのものを根底から変える可能性があるからだという。

これらの社会課題に対し「ソブリンプラットフォーム」「フィジカルAI」「インテリジェント・ソサエティ」の3つを中核として、課題解決に向けたソリューションを開発・提供していく新たな事業創出領域に定めた。

  • 3つの新たな事業創出領域に定めた

    3つの新たな事業創出領域に定めた

同氏は「これら3つの領域はAIを活用することが大前提。サービスやアプリケーション、プラットフォーム、モダナイゼーション、提供中のものについても、すべてにAIを組み込んで強化し、事業を拡大していく」と力を込める。

3つの新規事業領域で狙う、30兆円の市場

富士通の2025年度通期連結業績は、売上収益3兆5029億円、調整後営業利益3905億円、調整後営業利益率11.2%、コアフリーキャッシュフロー2899億円となり、過去最高益を更新したものの、売上収益では20年ぶりにライバル企業のNECに逆転を許した。

2035年のAIサービス市場は200兆円規模と予測されており、うち3つの事業創出領域は30兆円規模への成長が見込まれている。

  • 2035年のAIサービス市場

    2035年のAIサービス市場

中長期経営ビジョンにおける富士通の戦略は、テクノロジーによる事業創出とサービスソリューションの事業拡大・進化となり、ここにおける同社の強みは顧客基盤、業種ドメインの知見、テクノロジー基盤と位置付けている。

  • 中長期経営ビジョンにおける富士通の戦略

    中長期経営ビジョンにおける富士通の戦略

同社ではテクノロジーによる事業創出において、ソブリンプラットフォーム、フィジカルAI、インテリジェント・ソサエティの領域で10%(3兆円)のシェア獲得を目指す。ここから各領域における取り組みを見ていこう。

ソブリンプラットフォームの中核は「FUJITSU-MONAKA」と量子コンピュータ

まずはソブリンプラットフォームからだ。この領域では先端計算基盤が核になり、2nmプロセスのプロセッサ「FUJITSU-MONAKA」と量子コンピュータが鍵を握る。MONAKAは2027年度に提供開始を予定し、リリース時には他社CPU比でアプリケーション実行性能、電力効率ともに2倍を目指しており、国内の金融、通信、製造、サービスなど15社と2026年度から試用機の検証を開始する。

量子コンピュータに関しては、ハードウェアからアプリケーションまで全レイヤをカバーし、2026年度中に1024量子ビットの実機を開発して、Fujitsu Technology Parkに整備した量子棟に設置。顧客・研究機関とアプリケーション開発を推進し、2030年度に1万量子ビット、2035年度に1000論理ビットの量子コンピュータ開発を計画している。

量子技術における同社の競争優位性に、量子・HPC(スーパーコンピュータ)・AIを組み合わせたハイブリッドな基盤を自社技術で構築可能なこと、省リソースかつ高速計算が可能な独自アーキテクチャ「STARアーキテクチャ」を挙げている。

  • ソブリンプラットフォームの概要

    ソブリンプラットフォームの概要

最新CPUと独自の量子コンピュータを武器にロボットやドローン、データセンター、政府・大学・研究機関、創薬・材料開発、金融など2035年のターゲット市場の規模を8兆円と推測しており、富士通ではそのうち1兆5000億円の売り上げを想定している。

フィジカルAIでロボット協調を実現

次はフィジカルAIについて。時田氏は「自社技術を基盤に、デジタルと現実世界をシームレスにつなぐ協調基盤を構築し、ロボットが自律的に人と協働する仕組みを実現していく」と話す。

現状、産業用ロボットはメーカーごとに制御やデータ仕様が異なり、複数のロボットが協働環境で効率的に運用していくことが普及のポイントとなる。

そのため、同社ではAIプラットフォーム「Fujitsu Kozuchi」のラインアップとして、ロボット、センサー、システム、空間を統合するプラットフォーム「Fujitsu Kozuchi Physical OS」を開発。

空間全体の活動データと各ロボットの行動データを連携・分析し、周囲の状況を踏まえてロボットが自律的に行動できるようにするという。

  • フィジカルAIの概要

    フィジカルAIの概要

米カーネギーメロン大学と共同で設立する研究センターで、開発した技術を順次組み込むことに加え、NVIDIAとの戦略的協業も拡大。また、富士通の笠島工場(石川県かほく市)への導入に着手しており、ロボットメーカーとも連携して早期の実用化を目指す考えだ。

社会運営を最適化、デジタルツインとAIを活用

続いては、インテリジェント・ソサエティだ。ここではデータとAIで未来を予測し、社会運営の最適化を図る。この実現に向けて「地球規模のデジタルツイン」と「レジリエントな社会運営」に取り組む。

地球規模のデジタルツインを構築・活用し、気象データや海洋データ、紛争データといったデータをもとに気候変動、政変、紛争による影響をリアルタイムでシミュレーションする。影響範囲を予測・可視化することで、最適なシナリオを生成する。

レジリエントな社会運営では、大規模データ基盤を構築し、AIの自律的学習でデータ基盤を深化させつつ、パーソナライズを実現するという。これにより、生産・需給の再配分や医療資源の自律配分などを実現し、官庁・行政、ヘルスケア、物流、製造、防衛などをターゲット業種としている。

  • インテリジェント・ソサエティの概要

    インテリジェント・ソサエティの概要

ヘルスケア分野においては、日本IBMと医療向けソブリンクラウドの構築と医療AIソリューションの相互活用を推進するほか、三井住友フィナンシャルグループ、ソフトバンクと国産ヘルスケア基盤を構築。さらに、個人の同意のもと診療記録や生活情報を活用し、創薬の高度化とパーソナルヘルスケアサービスを実現していく方針だ。

UvanceとAIでサービス事業を進化、価値・成果ベースへの転換を加速

一方、サービスソリューションの事業拡大・進化では、成長ドライバーと位置づけるソリューションブランド「Uvance(ユーバンス)」とモダナイゼーションを中核に据えている。2026年度からすべてのサービスをAIで駆動させることで人月型ビジネスから脱却し、価値・成果ベースの事業モデルへの転換を加速するという。

Uvanceは業種ドメインの知見と特化型AIエージェントで進化させ、モダナイゼーションでは自社資産から他社資産へスケール展開していく。時田氏は「業種ドメインの知見を競争優位の中心に据えるため、グローバル全体で従来のリージョン(地域別)軸から業種軸の組織体制に移行し、事業スピードを向上させる」と意気込みを示している。

  • 業種を軸としてマネジメントへの転換を図る

    業種を軸としてマネジメントへの転換を図る

また、AnthropicやOpenAIなどのグローバルパートナーとの連携と並行して、業種・業務に特化したAI基盤・モデルとして、Kozuchi、LLM(大規模言語モデル)「Takane」を継続的に進化させる。

加えて、同社の強みである業種ドメインや知見、現場における高度なエンジニア力、動的な課題解決力を備えたFDE(Forward Deployed Engineer=顧客先に入り込み支援するエンジニア)の体制を強化し、価値・成果ベースの事業モデルへの転換を実現していく考えだ。

  • UvanceではFDEを強化

    UvanceではFDEを強化

こうした中で、昨今の世界情勢をふまえ防衛領域の重要性が高まっており、日本、英国、豪州を中心に防衛ビジネスを展開・拡大していく。

日本では防衛情報インフラ、指揮統制システム、英国では国防省向けICTソリューション、豪州では国防省向けICTシステムや在庫管理システムなどを提供。さらに、2025年1月にはNATO調達フレームワークのサプライヤーとして契約締結しているほか、ロッキード・マーチンとはデュアルユース分野の技術イノベーションを推進する。

  • 防衛ビジネスの概要

    防衛ビジネスの概要

モダナイゼーションを拡大、AI駆動型開発で生産性向上を狙う

モダナイゼーションでは、自社資産のモダナイゼーションで培った知見、人材、AIを活用した開発ツールを成長の基盤として、他社資産のリプレースも含めて事業を拡大し、AIが自律的に業務を実行する前提で進めていく。

今年2月には、システム開発の全工程を自動化する「AI-Driven Software Development Platform」を発表し、実証では一部作業の生産性が100倍に向上したという。年間2%以上のグロスマージン率の継続的な改善を実行する。

  • 「AI-Driven Software Development Platform」の実証で100倍の生産性向上を実現したという

    「AI-Driven Software Development Platform」の実証で100倍の生産性向上を実現したという

そのほか、セキュリティについて時田氏は「AIの活用とセキュリティ対策を一体で進めることが不可欠」との見解を示す。

Anthropicの「Claude Mythos」はAIによる未知の脆弱性発見や、それを悪用したマルウェアの生成をはじめとした攻撃など従来の対策では対応が困難であり、セキュリティ対策はもはやビジネスの前提条件になっているという。このような状況を鑑みて、富士通では2500社以上に提供してきたセキュリティのノウハウをベースに、AIを前提とした新たな脅威から企業を守る研究開発に取り組む。

2035年に向けた経営指標と自社変革、AI前提の経営基盤へ再設計

最後に、時田氏は自社変革と経営指標について紹介した。2026年度から富士通ではAIを前提に組織や意思決定、ガバナンスを含めた経営を再設計し、継続的な価値創出を支える基盤を強化するため「人的資本」「データ×AIドリブン」「トラスト」の3つを重点テーマに設定した。

人的資本では、人材ポートフォリオを最適化して成長領域に重点的に配置し、データ×AIドリブンについてはグローバル標準のデータ基盤でAIドリブン経営の本格化を図り、意思決定の速度・質を向上させる。トラストに関しては、予兆型リスクマネジメントを高度化し、AI時代に対応したセキュリティ基盤とガバナンスを確立させる。

一連の施策に取り組み、2035年における経営指標として、引き続きUvanceとモダナイゼーションを成長の要にサービスソリューションの事業拡大・進化を図り、Uvanceは2030年度の売上収益に占める比率を50%、2035年度に70%を目指し、CAGR(年平均成長率)は6~8%を目指す。

  • Uvanceは2030年度の売上収益に占める比率を50%、2035年度に70%を目指す

    Uvanceは2030年度の売上収益に占める比率を50%、2035年度に70%を目指す

そして、サービスソリューションの事業拡大・進化によって生み出されたキャッシュフローを原資に、新たな事業創出領域につなげることで2035年までの10年間で約3兆円の投資枠を確保するとともに、2035年度に3兆円規模の売り上げの獲得を計画。

  • 新たな事業創出領域では2035年度に3兆円の売り上げを計画

    新たな事業創出領域では2035年度に3兆円の売り上げを計画

これらを合算し、2035年における全社のCAGRは6~9%、調整後営業利益は2025年度比で10ポイント以上の成長となる25~30%、コアフリーキャッシュフローは同4~5倍と力強い成長を実現していく考えだ。

  • 2035年度における事業成長の姿

    2035年度における事業成長の姿

時田氏は「生成AIの飛躍的な進化は社会や産業に大きな変化をもたらし、これからも影響を与え続ける。今後、企業の競争優位性も経営資源の規模でなく、いかに最新のAI技術を経営に取り込んでいけるかで差が生じていくと考えている。当社は長年あらゆる産業分野のお客さまを支援してきた企業として、お客さまの持続的な成長、ひいては持続可能な社会の実現には信頼できるテクノロジーが不可欠だと確信している。これまで培ったあらゆる力をもって、貢献していく」と述べ、プレゼンテーションを結んだ。

今回の発表で富士通は、従来の中期計画の延長ではなく、2035年を見据えた10年単位の成長シナリオを明確に打ち出した。次の10年で問われるのは、このビジョンを技術や提携、現場実装を通じてどこまで現実の事業成長へ結び付けられるかだ。