九州大学(九大)は4月15日、重力にも量子的重ね合わせが成立するのかという「重力の量子性」を確かめるための実験装置として、巨視的な鏡とレーザー光が結合する「オプトメカ系」を用いた場合、鏡の運動量の量子ゆらぎを強く抑えた「運動量スクイーズド状態」が実現可能であることを初めて示したと発表した。
また、この状態では位置の量子的重ね合わせが量子揺らぎと共に大きく広がるため、2つの鏡の間に生じる「重力誘起エンタングルメント」の信号が増強されることを明らかにしたことも併せて発表された。
同成果は、九大大学院 理学府の福澄諒太郎大学院生、同・畠山広聖大学院生、同・大学院 理学研究院の山本一博教授、米・カリフォルニア工科大学の三木大輔氏らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する、物理とその関連分野全般を扱う学術誌「Physical Review Research」に掲載された。
運動量スクイーズド状態を理論的に発見!
量子力学は、素粒子などのミクロな世界を記述する理論として大きな成功を収めてきた。しかし、マクロな現象である重力が量子的な性質を持つかどうかは、現代物理学最大の難問の1つとして立ちはだかっている。重力を扱う一般相対性理論と量子力学を融合させた「量子重力理論」が完成すれば、ブラックホールの中心や宇宙誕生の瞬間といった、既存の理論では物理法則が破綻する「特異点」を合理的に記述できると期待されている。
近年、2つの質量が重力相互作用のみを介して量子もつれ(エンタングルメント)を生成できるのかを調べる「重力誘起エンタングルメント」の提案が注目を集めている。量子もつれとは、2つ以上の量子系が強く相関し、どれほど離れていても一方の状態測定がもう一方にも瞬時に影響を及ぼす量子力学特有の現象だ。もしこの現象を重力においても観測できれば、重力が量子的性質を持つことを示す重要な証拠となる可能性がある。
この検証には、比較的大きな質量を持つ機械振動子を量子状態として精密に制御・測定する必要がある。特に、レーザー光と稼働鏡などの機械振動子を結合させるオプトメカ系は、出力光を通じて機械振動子を精密に測定・制御できるため、その有力な実験プラットフォームとして研究が進められている。
そこで研究チームは今回、光共振器の可動鏡を対象としたオプトメカ系において、「連続測定」と「最適フィルタリング」を組み合わせることで、可動鏡の量子状態を高精度に推定し、重力による量子効果の観測可能性を高める方法を理論的に検討したという。
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光を用いた鏡の連続位置測定とフィルタリングの流れ。レーザー光を光共振器に入射し、可動鏡の位置を連続的に測定する。出力光はホモダイン検出によって読み出し、その測定データを最適フィルタリングの手法で解析することで、鏡の量子状態を高精度に推定することが可能だ。(出所:九大プレスリリースPDF)
連続測定とは、量子系の状態を時間的に連続して測定し、その情報をもとに量子状態を推定する手法だ。また最適フィルタリングとは、測定データに含まれる雑音を効果的に除去し、目的の物理量を最高精度で推定するための数学的手法を指す。今回はその代表例として、信号と雑音の統計的性質に基づき、周波数領域(フーリエ空間)において推定誤差を最小化する「Wiener(ウィーナー)フィルタ」が用いられた。
その結果、測定の設定である「ホモダイン検出角」を適切に選ぶことで、鏡の運動量の量子ゆらぎを大幅に抑制した「運動量スクイーズド状態」を実現できることが判明した。この状態では、位置の不確定性が大きくなる一方で運動量の不確定性が小さくなる。また、この鏡が実効的に自由粒子のように振る舞うことも示された。さらに、この運動量スクイーズド状態を利用することで、2つの鏡の間に重力相互作用によって生じる量子もつれ、つまり重力誘起エンタングルメントの信号を大幅に増強できることが理論的に導き出された。
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運動量の揺らぎを抑える量子測定に基づく新手法。量子力学では、不確定性原理により位置と運動量を同時に正確に決定できないため、従来は位置の不確定性を減らして高精度に位置の推定を行っていた。今回の研究では、検出条件を工夫することで、位置の不確定性が増大する代わりに運動量のゆらぎを強く抑制する「運動量スクイーズド状態」を実現できることが示された。これにより、2つの鏡の間に生じる重力誘起エンタングルメントの信号強度を大幅に向上させられる。(出所:九大プレスリリースPDF)
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オプトメカ系を用いた重力誘起エンタングルメント検証実験系の概念図。互いに重力相互作用を及ぼし合う二つの可動鏡(鏡A、B)をレーザー光で測定し、運動の同相・差動モードの信号から重力誘起エンタングルメントの生成を検証する。(出所:九大プレスリリースPDF)
なお、ホモダイン検出角とは、光の位相と振幅を組み合わせた測定パラメータのことだ。レーザー光と基準光(局所発振器)を干渉させる光計測技術を用いることで、光の位相や振幅の微小な変化を高精度に測定できる。一方のスクイーズド状態とは、量子力学の不確定性原理を満たしつつ、特定の物理量のゆらぎ(不確定性)を基底状態のゆらぎ(標準量子限界)より小さくした量子状態のことをいう。
今回示された運動量スクイーズド状態は、適切な測定条件と低雑音環境が整えば、比較的近い将来に実現可能なパラメータ領域にあるという。特に、低温・高真空環境や宇宙空間などの低雑音環境を利用することで、重力誘起エンタングルメントの生成と検出の可能性がさらに高まることが考えられるとした。
また今回の成果は、巨視的な物体の量子状態制御を前進させるだけでなく、重力が量子的性質を持つかどうかを実験的に検証するための新しいアプローチを示すものだ。さらに、オプトメカ系を用いた精密量子測定や超高感度フォースセンサなど、量子センシング技術への波及効果も期待されるとしている。