山梨大学、千葉大学、大阪工業大学(大工大)、広島大学の4者は10月1日、世界で最も孤立した雪氷圏の1つであるハワイ島マウナケア山山頂部の残雪に、北極や南極などの積雪上で確認されていた、大繁殖で「赤雪」現象を引き起こす微生物「雪氷藻類」を確認したことを共同で発表した。
また、遺伝子解析の結果、約25万年前に他地域の集団から分かれて独自に進化してきた固有の系統群と、世界各地に分布する広域分布系統の2グループが含まれることが判明したことも併せて発表された。
同成果は、山梨大 総合分析実験センターの瀬川高弘講師、千葉大大学院 理学研究院の竹内望教授、大工大 工学部の松﨑令講師、広島大大学院 統合生命科学研究科の米澤隆弘教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、国際微生物生態学会の旗艦学術誌「The ISME Journal」に掲載された。
地球規模の微生物分散と気候変動との関係解明へ
雪氷藻類は、北極や南極、世界各地の高山の雪上で融雪期に繁殖する単細胞性の光合成微生物だ。赤色は、雪氷藻類が雪上の強い紫外線に対する防御のために細胞内に蓄積した色素「アスタキサンチン」に由来するもので、雪氷生態系の重要な一次生産者としての役割に加え、雪面のアルベド(反射率)を低下させ融雪を促進し、地球の気候システムにも影響を与える。しかし、いつどのように世界中に拡散したのかは謎に包まれている。
ハワイ島は熱帯に位置するが、マウナケア山は標高4207mもあり、冬季には降雪がある。最も近い大陸から約3900kmも離れたハワイ島の雪に、雪氷藻類が繁殖して赤雪現象を起こすのかについては、これまで科学的に確認されていなかった。ところが、2023年はラニーニャ現象の影響で、過去33年間で最長の7月末までマウナケア山に雪が残る異例の年となり、ハワイ島で初めて赤雪現象が確認された。
今回の研究では、確認された赤雪中の主要な雪氷藻類の系統と、その到来・定着の歴史を調べるため、2021年と2023年に採取した雪試料に対し、細胞形態の観察、色素分析、ITS2領域を用いたDNA解析が行われた。その結果、まず顕微鏡観察から、その形態が世界各地の赤雪に見られる雪氷藻類と類似していることが判明。さらに、細胞中の主要色素は、一般の雪氷藻類と同様にアスタキサンチンだったとした。
一方、遺伝子解析の結果、遺伝子型の約95%(313/328)がハワイ島固有の系統であり、群集の際立った固有性が示された。これらは、主に「クロロモナディニア」と「サングイナ属」の2グループに分類されたとのこと。前者は群集の主な構成群で、複数のハワイ島固有の系統を含む。サングイナ属は世界に広く分布し、ハワイ島では季節の後半、雪が長く残る局面で顕著に増加する傾向が見られた。季節の進行に伴い両者の相対的な割合が変わり、6月には前者のハワイ島固有系統が優勢だった地点でも、7月には後者の比率が上昇するなどの変化があったとする。
そして各遺伝子型の系統関係の詳細な調査の結果、クロロモナディニア内のハワイ島固有系統は、島内で長期間進化してきたことが示唆された。そして、分子進化解析の結果、最大のハワイ島固有系統(ハワイ島クレード1)は、約25万~13万年前の氷河期に到来し、一部が定着した後に島内で独自に進化してきたと推定された。
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ハワイ島固有系統を含むクロロモナディニアの進化系統樹。ITS2を用いた解析により、ハワイ島で発見された雪氷藻類(赤点)と世界各地の同グループの藻類が、どの時期に共通祖先から分岐したかが推定された。数値は分岐年代(年前)を示す。比較対象は南極・北極・中緯度地域の雪氷、中央アジアの氷河コア、および世界の遺伝子データベースから得られた同グループの藻類(出所:共同プレスリリースPDF)
対照的に、サングイナ属の一部は、世界各地の同属の種とITS2配列が完全に一致。このことは、雪氷藻類でも種によっては現代の大気循環を介した長距離分散により不定期にハワイ島へ到来し、2023年のような雪が長く残る年は赤雪を引き起こすほど繁殖できることを示唆している。
以上の結果から、マウナケア山の赤雪は、固有系統と広域分布型の2種類の繁殖で引き起こされることが明らかにされた。これは、それぞれの藻類の異なる分散・定着プロセスが、同所的に交錯して成立する現象だ。熱帯でありながら高標高に雪が長期的に残るという地理・気候の稀少性が、この複合的な仕組みを支えていることが判明した。
約25万~13万年前の氷河期にハワイ島に到来した雪氷藻類が、その後独自の進化を遂げた事実は、超長距離分散と島嶼における適応進化のメカニズムを具体的に示す貴重な証拠になるという。また、同一の山域において長期スケールで進化した固有系統と、現在も継続的に飛来する広域分布系統が共存するという現象は、微生物生態学における新たな知見として注目されるとした。
同時に、この発見は気候変動への警鐘でもある。気候研究では、今世紀末にかけてマウナケア山の降雪頻度や残雪期間のさらなる減少が示唆されており、長期にわたり形成されてきたハワイ島固有の遺伝的多様性が将来的に失われるリスクが高まる。研究チームは今後、地球温暖化によって消滅が危惧されている熱帯から温帯の高山域を含む雪氷圏で、同様の調査を拡大する予定としている。



