東京大学(東大)は9月29日、河川の流量を衛星観測データから推定する「衛星観測流量」が、これまでは検出可能か未知数だった人間活動による流量変化について、同手法を中国・黄河の主河道に空間的・連続的に適用した結果、その変化を宇宙から捉えられることを明らかにしたと発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科 社会基盤学専攻の石川悠生大学院生/日本学術振興会特別研究員(研究当時)、東大 生産技術研究所(生研)の山崎大准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国地球物理学連合が刊行する地球科学を扱う学術誌「Geophysical Research Letters」に掲載された。
黄河流域の河川流量変化から推定された人間の影響とは
ヒトは水なしには生きられない。そのため、飲用、生活、発電、農業用水の確保、防災などのために河川のルートを変えたり、ダムを建造したり、取水所や下水処理施設を設置したりと、その利用の幅を広げてきた。日本でも、江戸時代に治水のために利根川のルートが本来のものから大きく変えられた事実は有名だ。こうした人間活動により河川の水循環は改変され、その流量には、自然流域とは異なる時空間的な変化が生じている。
島国である日本は他国と河川を共有する環境にないが、海外ではそうした地域も多く、流量の変化は、水資源の公平な分配や下流域での水利用の安定性に直接影響し、国際紛争につながりかねないリスクもはらむ。また、気候変動の影響による洪水や渇水リスク、生態系への負荷の増大、さらには流域内の社会活動の持続性にも影響を及ぼす。
しかし現地での流量観測が限られる流域では、上流から下流にかけ、人間活動がどう影響しているのか、全体を俯瞰して把握するのは容易ではない。こうした空間的な制約を解決する手段として、現在では衛星リモートセンシングがある。だが、地表面の観測は可能でも、水面下の情報が必要な河川流量の観測は困難という課題があった。
こうした中で近年になって、主に米仏による国際共同ミッション「SWOT衛星」の二次元水面標高データの利用を見据え、衛星観測データのみから河川流量を推定する新たな手法として、衛星観測流量が開発された。しかし、同手法に関するこれまでの研究は、現地観測データと比較した時系列評価が主眼だったため、人間活動による河川流量の変動まで検出できるのかは未知数だったという。
そこで研究チームは今回、地上観測データを用いずに広域に流量推定を可能にするという利点に着目。米国が1972年から継続運用しているLandsat衛星シリーズ(現在運用中なのは2021年に打ち上げた最新9号など)の画像から抽出された河道幅をもとに、黄河主河道の上流から下流まで連続した668か所に対し、流量推定を試みたという。
その推定の結果、妥当な河川流量の空間分布が推定され、上流域では一定区間内の衛星観測流量の変化トレンドが観測流量と一致した。特に、灌漑(かんがい)が盛んな地域では流量の減少傾向が明瞭だったとする。また、主要な支川との合流点において衛星観測流量の増加も観察された。これらの結果は、衛星観測流量が人為的要因・自然的要因の両方による流量変動を把握し得ることを示唆しているとしている。
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黄河主河道での衛星観測流量の空間的な変化。(a)668河線における流量推定値(水色点線)とその区間回帰(濃青破線)。灰色の縦線は主要な支流合流部(“C”)を示し、全合流点で流量が増加(Cの下に示す数字が流量の増加量[m3/s])した。区間回帰線は。特に上流部で×で示す現地観測流量値の傾向と一致しており、これらは灌漑が盛んな地域だ。(b)回帰区間における河川流量の変化量のトレンド。(出所:東大 生研Webサイト)
さらに、衛星観測流量の第一推定値(対象河川の流量の初期値)においても、人間活動による取水の効果を擬似的に考慮することで、人間活動の影響が集中的に現れる下流部において流量の過大推定を抑制し、衛星観測流量の推定精度を向上できることが明らかにされた。
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異なる流量第一推定値を用いた場合の衛星観測流量を推定した際の精度比較。(a)黄河主河道の4つの観測点での衛星観測流量値の時系列変化。(b)19観測所で検証された従来実験(青)と擬似灌漑考慮実験(赤)での衛星観測流量の相関係数(CC)、相対バイアス(rBIAS)、Nash-Sutcliffe係数(NSE)。擬似灌漑考慮実験では、特に下流側で過大評価が抑制されたことで。衛星観測流量の推定精度が向上している。(出所:東大 生研Webサイト)
一方で、黄河下流域のように堤防によって河道幅の変化が制限されている区間では、河道幅に基づく衛星観測流量推定では空間的な流量変化の把握が困難な点も確認されたとのこと。そのため、今後は河道幅に加えて水面標高を観測するSWOT衛星データの利活用を検討する方針とする。
今回の発見により、全球の河川において衛星データから人間活動の影響を把握し得ることが明らかにされた。これは、世界各地での水利用の実態把握や、水資源や農業の持続可能性を評価するための基盤となり得るとのこと。さらに、途上国や山岳地域などの現地観測が乏しい流域の河川洪水や水資源管理、生態系影響モニタリングのための計画・政策策定への寄与も期待されるとした。
研究チームは将来的に、衛星観測と「水文モデル」(降水、蒸発、地表流、地下水流など、自然界の水の移動を数値的に再現するモデル)を統合的に利用し、全球規模の河川-人間活動モニタリングシステムの構築を目指すとする。そしてこれにより、気候変動や人口増加によって深刻化する水資源問題に対し、持続可能な解決策を提示できる枠組みの実現を目指すとしている。