9月最初の週末、富山県を舞台に、過去の豪雨災害の現場を観測した衛星データの解析と現地視察を組み合わせた“実践的”な研修ツアーが開催された。主催は、日本の産官学地球観測衛星コミュニティである「衛星地球観測コンソーシアム(CONSEO)」だ。事務局である宇宙航空研究開発機構(JAXA)から提供された先進レーダ衛星「だいち2号(ALOS-2)」と「だいち4号(ALOS-4)」のデータに加え、日本スペースイメージングが提供する米・Maxar Technologiesの「WorldView」シリーズ、「GeoEye」シリーズの画像を実地に利用する。
この研修ツアーの参加者は、民間の地球観測衛星企業、ソフトウェア企業、建設コンサルティング企業、大学院生など約30名。事前に配布された衛星データを独自に解析し(自分で用意したデータの持ち込みも可)その結果を発表する座学研修と、富山県の地元建設企業である松嶋建設の全面協力のもと、解析した災害現場を実際に訪れ、状況を目で確かめる視察というめったにない機会となった。
衛星データで知る豪雨災害の爪痕
今回のツアーにおいて事前解析で示されたのは、2023年に災害が発生した2つの現場と、富山県を潤す水源でもあり“暴れ川”でもある一級河川の河口付近の、合わせて3箇所だ。
【現場1】常願寺川下流の右岸堤防上(富山県中新川郡立山町日置地内)
県内を流れる一級河川、常願寺川の河口から10.6km地点の常願寺川橋のたもと付近が、第1の現場だ。常願寺川は、富山県南東部に位置する立山連峰から富山平野を通って日本海に注ぐ、総延長56kmの一級河川。日本屈指の急流河川であり、富山の水田に水を供給している一方で、暴れ川としても知られ、堤防の維持管理が計画的に行われている。こうした河川ではその状態を常にモニタリングし、堤防の草刈りから侵食対策まで変化に備えることが必要だ。解析テーマには「道路・堤防の経年変化」が設定され、「時系列データを通じて、構造物の変化などをどこまで捉えられるか?」を衛星画像から調査する。
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分解能40cmの光学衛星画像で見た2025年4月の常願寺川堤防の様子。堤防と道路、川の流れなどを視認しやすい。 (c)[2025] Maxar Technologies(提供:日本スペースイメージング株式会社 Satellite Image)
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分解能40cmの光学衛星画像で見た2025年5月の常願寺川堤防の様子。(c)[2025] Maxar Technologies(提供:日本スペースイメージング株式会社 Satellite Image)
【現場2】立山町の山中にあるがけ崩れ箇所(富山県中新川郡立山町小又地内)
2つ目の現場は、2023年6月の豪雨で発生した斜面崩壊箇所で現在も復旧工事が続いている生々しい場所だ。座標を知っていればGoogle Earthなどの高分解能衛星画像でむき出しになった地面を視認することもできるが、実際には広域の山中のデータから斜面崩壊を発見することは難しい。森の中の変化をどのようにアプローチすれば発見できるのかが最大の課題となった。
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土砂崩れが報告される直前の2023年6月中旬に撮影された現場2。高分解能の光学画像で見れば、木立の一部がまばらになっているようにも見える。(c)[2025] Maxar Technologies(提供:日本スペースイメージング株式会社 Satellite Image)
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分解能30cmの光学衛星画像で見た土砂崩れ現場の最新の状況。倒れた樹木の撤去などが進み、復旧工事中であることが見て取れる。(c)[2025] Maxar Technologies(提供:日本スペースイメージング株式会社 Satellite Image)
【現場3】白岩川堤防の決壊箇所(富山県中新川郡立山町四谷尾地内)
3つ目の現場は、2023年6月28日、富山県が管理する白岩川ダムの上流で1時間に最大88ミリの豪雨が発生し、ダムから緊急放流を行った場所。非常事態であったため放流と周辺地域への連絡はほぼ同時刻となり、下流の白岩地区では放流後に堤防が崩れて住宅の浸水被害と農地約26ヘクタールが被害を受けた。2025年3月には堤防が本復旧しているが、土砂が流入した一部の水田は現在も修復を待つ状態だ。この現場では、氾濫前後・復旧前後の時系列変化をどう捉えるかが解析のテーマとなった。
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白岩川ダムの放流によって下流の堤防が決壊した場所で発生から4カ月近く経った2023年10月時点の様子。画面右側の水田に土砂が残っていることが見て取れる。(c)[2025] Maxar Technologies(提供:日本スペースイメージング株式会社 Satellite Image)
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復旧工事が始まった2024年秋の白岩川堤防決壊箇所の様子。(c)[2025] Maxar Technologies(提供:日本スペースイメージング株式会社 Satellite Image)
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2025年夏、復旧工事が終わった白岩川の堤防決壊の場所。堤防は堅牢性を重視してコンクリートの護岸に変わった。土砂が流れ込んだ水田の一部はまだ作付はできない状況だ。(c)[2025] Maxar Technologies(提供:日本スペースイメージング株式会社 Satellite Image)
AI活用から自社衛星のデータ利用まで各社が課題発表
初日の座学研修では、事前に配布された富山県内の3箇所の災害現場の衛星データを元に参加者が独自に解析した結果を発表した。解析用には、JAXAからの「だいち2号(ALOS-2)」のデータが2023年~2025年にかけて18シーン、「だいち4号(ALOS-4)」のデータが2025年の2シーン、合計20シーンが提供された。また日本スペースイメージングからも、Maxar Technologiesの高分解能光学地球観測衛星「GeoEye」と「WorldView」シリーズなどを合わせた7シーンが提供された。
この解析において最もチャレンジングな課題は、ALOS-2、ALOS-4合わせて20シーンと豊富な画像を利用し、災害現場を「干渉SAR(合成開口レーダ)」による解析で変化を抽出することだ。干渉SARとは、同じ場所で複数回にわたって観測したSARデータ(干渉可能なペア画像)から、観測ごとの電波の位相のずれを元に地表の変化を検出する技術のこと。SAR衛星で同じ場所を2回観測した場合、アンテナから発射された電波は、地上に何も変化がなければ地面に反射して同じ距離を往復することになるため、発射された電波の波は1回目と2回目でずれ(位相差)はない。しかし1回目と2回目の観測の間に地面の変化(土砂災害で地表が削り取られる、地震で隆起する、地盤沈下など)があれば、電波が往復する距離も変わり、変化の前と後でずれ(位相差)が発生する。ALOS-2、ALOS-4が発する電波は波長約24cmとなっていることから、cm単位の位相差を検出することができ、変化の量はずれを色で表した縞模様の画像で表される。
なお、参加者4団体とJAXAがそれぞれ事前に解析を行ったものの、干渉SARチャレンジは挑戦したチームの手を焼かせ、災害による変化を明確に捉えたチームはなかったとのこと。「白岩川堤防の決壊箇所(現場3)で堤防が破壊されてなくなったことによる見かけ上の地盤沈下は観測することができなかった」との結果発表もあり、2つのチームは干渉SARではなく電波が反射する強さを測る「強度画像」を使った変化抽出に切り替えていた。
干渉SARは、地上の変化を精密に測ることができるもののデータの条件を整えることが難しく、手順通りにデータを処理したからといって必ずしも変化が見つかるとは限らない、という難しさがある。JAXA 地球観測研究センターの本岡毅技術領域主幹は、「干渉SARで変動を捉えるには、対象となる散乱体(電波を反射する物体)がある程度は似ていることが必要。堤防が壊れた、ダムや建築物がなくなってしまったといった大きな変化は実は捉えられないという制約がある」とコメント。「堤防が破壊される前に、予兆となる変動がなかったかといった場合にはよく使われる」と、干渉SARの“使いどころ”が肝心だとした。
後半に解析を発表したチームは、独自のSAR衛星画像とAIによる解析ツールを使用したそう。民間でSAR衛星を開発、運用するSynspectiveは、ALOSシリーズよりも波長の短い小型のXバンドSAR衛星「StriX」シリーズの観測画像から3つの現場を確認し、異なる波長の衛星では何が捉えられるかを検証した。常願寺川下流の堤防(現場1)では、堤防の変化よりも、川の中の砂州や澪筋といった川の流れを変化させる原因となる状況が見えやすいという。「川の砂が巻き上がって流れが変わり、河口が詰まってしまう河口閉塞があると、堤防を破壊する危険性がある。小型衛星ならば台風などの災害の前後で高頻度で観測しモニタリングできると河川管理に役立ちそうだ」(Synspective 小澤剛氏)と新しい可能性を見つけたと話した。
また、独自のAIツールでSAR画像の解析を手掛けるスペースシフトは、2023年夏に発生した立山町の山中にあるがけ崩れ箇所(現場2)に対し、AIツールを使った干渉SAR解析を試みた。WorldView 3、GeoEye-1といった光学衛星のデータで見ると、この現場は土砂の崩落で木立がなぎ倒されて地面がむき出しになり、すぐに見つけやすいように思える。ところがSARデータからは崩落を発見することができなかったという。
「表層崩落の場合、見た目には明らかに崩れていても、過去にも崩落があったような場所では、AIで同じように見えてしまうことがあるのでは」(スペースシフト 川上勇治氏)と、苦戦した状況について話した。



