「だいち2号(ALOS-2)」と「だいち4号(ALOS-4)」のデータから富山県で過去に発生した豪雨災害の状況を解析し、現地視察で現場を実感する衛星地球観測コンソーシアム(CONSEO)の研修ツアーレポート。後編の今回は、堤防と土砂災害の現場を目の当たりにし、観測データと現場の状況とを結び合わせた貴重な体験の模様をお届けする。
フォアショートニングはなぜ起きる? 衛星と斜面の関係性
今回行われた視察ツアーは、富山市内を流れる常願寺川河口から10kmの堤防(現場1)と2023年に発生した立山町の山中にある土砂崩れ箇所(現場2)、同じく2023年に発生した白岩川の堤防決壊跡(現場3)まで、地元の建設企業、松嶋建設の協力を得て巡ることになった。
中でも現場2は、2023年6月の豪雨で発生した斜面崩壊箇所の復旧工事が現在も進められている場所だ。災害からおよそ2年経った今は、倒木を撤去する作業が終わり、崩れやすい表土を削り取って法面を固める工事を行っている最中。工事のため土砂崩れ発生時よりもさらに地面がむき出しになっているものの、見た目には災害の爪痕としか言いようのない状況にある。これほど明らかな現場が、ALOS-2、ALOS-4のデータで宇宙航空研究開発機構(JAXA)の専門家が干渉解析を行っても結果に現れなかったのはなぜなのだろうか。
1日目の解析発表では、衛星(ALOS-2、ALOS-4)が北向きに航行する「アセンディング」軌道の際に観測した画像からは、干渉解析で土砂崩れを発見することはできなかったことが判明。一方で南向きに航行する「ディセンディング」軌道では土砂崩れが“見えていた”。これを現場で確認してみると、見えなかったアセンディングの場合は、北(写真奥側)に向かって衛星が航行しつつ、衛星の右側(東方向)へ電波を照射して観測する。一見、このほうが斜面に電波が当たりやすいように思える。ただし、斜面が相当に急な角度で立ち上がっていて、山の頂上に反射した電波が実際よりも西側の斜面の上に覆いかぶさるように画像の歪みを発生させる「フォアショートニング」が発生してしまっていた。逆に南向きに航行するディンセンディング軌道の場合は、画面奥から後ろへ衛星が飛行し、衛星にとって右側(この場合は西方向)にビームを出していた。一見、電波は斜面にと平行になってしまって観測しにくいように思えるが、そのほうが観測できていたことになる。
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2023年6月の豪雨後に発生した土砂崩れの現場。ALOS-2/4衛星のアセンディング軌道は北(画面奥)方向へ衛星が進行しつつ右側へ電波を照射し、ディセンディング軌道では南(画面手前)方向へ衛星が進行しつつ左側へ電波を照射することになる。撮影:秋山文野(撮影:秋山文野)
フォアショートニングを発生させる要素には、斜面と衛星からの電波の角度で決まる「局所入射角」がある。合成開口レーダ(SAR)衛星は、衛星の進行方向に対して直角方向(左右)の斜め下方にマイクロ波を照射していて、観測の対象物を真上から見た線とマイクロ波がなす角度のことを「入射角」という。
JAXA 地球観測研究センターの重光勇太朗さんによれば、「局所入射角というのは、法面の垂線に対して電波が入射する角度です。これが小さすぎる、予想以上に急斜面で局所入射角が垂直すぎると、フォアショートニングが起きやすくなります。一方でディセンディング軌道の場合、逆方向から観測するので局所入射角は百数十度くらいになったはずです。後方散乱(衛星方向への電波の反射)は実は弱いはずなんですが、逆に干渉SARではそのほうが見えていたということですね。コヒーレンス(2つの観測データの一致度)は下がっていたんですけど、位相の差分はよく見えていました」とのこと。山中の斜面の角度は一様ではなく、たまたま急斜面で土砂崩れが起きると、電波が当たりやすいようでいても実は観測には適さないという事態が起きる。
ただし、「アセンディング軌道だからフォアショートニングが発生」というように単一の条件に依存してこうした観測エラーが発生するわけではない。今回はたまたま衛星と斜面の角度が急すぎたために干渉SARに適さなかったものの、衛星の軌道がもう少し東西にずれていれば斜面に対する入射角が変わり、データに現れていた可能性がある。「もっと西側の軌道であれば、あるいは衛星がマイクロ波の照射方向を異なる角度に傾けて観測していれば、もしかしたら見えていたかもしれません」(重光さん)ということは常に意識してデータを選ぶ必要がある。
「SAR衛星」の新しい可能性?
現場1の常願寺川沿いでは、堤防の変異を捉えるという課題に対し、今回の解析では大きな変動は見つからなかった。日頃から堤防管理を担当する建設会社からすれば「ひとたび地震などの災害が起きると、200箇所近い場所の対応にあたる必要がある。衛星データで広域を迅速に対応したい」(松嶋建設 松嶋幸治さん)というように、潜在的な衛星データへの期待は高い。
現場視察では、新たな角度から川の変異を実感するものがSAR衛星のデータに見えていたことがわかった。解析発表の際にSynspectiveの小澤剛さんが指摘した、土砂や植生による川の流れの変化だ。ALOS-2の強度画像に映る常願寺川は、川の流れが複雑な濃淡の模様を描いており、また堤防に近い左右にはひときわ黒い塊が映っている。濃淡の模様は土砂が作る“澪筋”、画像上の黒い塊は現地で見れば一目瞭然だが、河原に生えた樹木を含む植物の茂みだ。
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だいち2号/4号のデータで見た常願寺川の河口から約10km周辺。上部の左右に走る線は常願寺大橋、そのすぐ下に黒く植生のかたまりが見えている(黄色矢印)。(出所:「富山県におけるALOS-2/4データによるJAXA解析結果」を元に筆者加筆)
独特の石積み堤防が残る常願寺川の堤防は、保全のために定期的な草刈りが行われている。また河道内の樹木が繁茂しすぎると、水の流れを妨げる恐れが出てくる。目視でも樹木の存在は見て取れるものの、衛星ならではの広域を一度に調査できる機能は低コスト調査の可能性につながる。JAXA 地球観測研究センターの本岡毅さんは、ALOS-2画像と現地の樹木の状態を見比べ「10トンくらいかな」とおおまかにその量を見積もった。人間の目では樹木の全体像を測ることは難しいが、SAR画像がその調査を助けてくれる。また河の流れが悪くなる土砂の堆積を、川に入らずに調査できれば、万が一の際の河口閉塞を防ぐことができる可能性は、解析発表でも指摘された通りだ。
ダムと下流の安全をどう守るのか
最後の現場3は、白岩川ダムとその下流の堤防決壊箇所を巡る、災害の爪痕を時間軸に沿ってたどるツアーとなった。
白岩川は、大辻山を水源として富山市内で日本海に注ぐ流路延長24.6kmの二級河川。河口から約17km上流にある白岩川ダムは、古くから度重なる水害や農地の水不足対策として1974年に完成した治水・利水用途のダムだ。岩石を積み上げて建設するロックフィルダムと重力式コンクリートダムの複合ダムで、周辺には美しい景観を楽しめる公園が整備されている。
2023年6月、周辺で発生した豪雨を受けて白岩川ダムから緊急放流が行われた。ダムへの水の流入が激しかったため、予定時刻よりも時間を繰り上げて行われた放流の結果、下流の地区では堤防が崩れ、住宅への浸水や水田への土砂流入の被害が発生した。
富山県内には各地に石積みの堤防が今も使われているといい、下流の白岩川の護岸も石積みの堤防だった。緊急放流の際には、川が曲がる箇所で堤防に叩きつけるように水が押し寄せて石積みの堤防を破壊。土砂が隣接する水田に流れ込んだ。ダムを守るための放水が、ダムが守っていたはずの下流の地域に被害をもたらした形だ。
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白岩川下流の農地が広がる地域。2023年の豪雨では、白岩川ダムから放流された水が矢印の方向から画面左側に向かって流れ込み、堤防を破壊して土砂が農地に流れ込んだという(撮影:秋山文野)
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コンクリート製堤防となって復旧した白岩川。下流にはまだ石積み式の堤防が残る(撮影:秋山文野)
2024年には堤防の仮復旧工事が行われ、2025年には新たな堤防が作られて復旧工事は完了した。石積みではなく、強度を重視したコンクリート製の堤防となったことは、光学衛星の画像からもよくわかる。
一方で、破壊された箇所は復旧できたものの、「下流にはまだ石積み堤防が残っている」と松嶋さんは話す。急な豪雨が珍しくなくなった今では、今後への課題も感じさせる。衛星画像に求められる役割は、変異の予兆を捉えて緊急時に備えることだろう。ALOSシリーズの干渉解析では、豪雨の発生時に地面の沈降または東向きへの変化(干渉解析では変異の方向はわからず、衛星から離れた/衛星に近づいた変化として表す)が見つかっているという。豪雨とSARといえば強度画像を使った浸水範囲の推定が大きなアプリケーションだが、豪雨の際の周辺インフラの変化もSARが役立つところかもしれない。
衛星データの評価用に、地上で対象を測定、観測することを「グランドトゥルース」と呼ぶ。SARの解析から現地視察ツアーへ、一連の流れはグランドトゥルースを模擬体験するもので、データで見えたものが本当に推定の通りなのか、体験で実感することができた。





