筑波大学と東京大学(東大)国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の両者は9月16日、「宇宙の暗黒時代」(宇宙誕生から約38万年~数億年)に宇宙中に漂っていた水素ガスから放たれた微弱な電波(水素21cm線)が、現在の地球でどのような強度と周波数で観測されるのかを標準宇宙モデルに基づき大規模なシミュレーションを実施し、全天から地球に届く「グローバルシグナル」を正確に計算した結果、それには電波輝度温度に換算して絶対温度1ミリK(0.001K=-273.149℃)程度の特徴的な周波数変動が現れること、さらにダークマターの性質次第でその変動具合に差が生じることを解明したと共同で発表した。
同成果は、筑波大 計算科学研究センターのヒョンベ・パク研究員、Kavli IPMUの吉田直紀特任教授(東大大学院 理学系研究科 教授兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の天文学術誌「Nature Astronomy」に掲載された。
ダークマターの“指紋”が刻み込まれている?
宇宙誕生から約38万年後にビッグバンが終わり、“宇宙の晴れ上がり”が生じた。この時最初に直進した光が、現在の「宇宙マイクロ波背景放射」である。しかし宇宙は晴れ上がりはしたが、まだ星が存在していなかったため、“暗黒時代”に突入した。その後、宇宙誕生から1~2億年が経過したころ、第一世代の星(ファーストスター)が輝きだしたとされ、“宇宙の夜明け”の時代へと移行した。宇宙誕生から約3億年~4億年後、この時代の初期には、すでに原始銀河が観測されている。一方で暗黒時代は観測できる天体が存在しないため、光学的な観測はほぼ不可能とされてきた。
ただし、暗黒時代に宇宙に物質が何もなかったわけではない。ビッグバンによって生成された大量の水素(と、その1/4程度のヘリウム、極めてわずかなリチウムなど)が宇宙に漂っていた。この水素原子を光学的に観測することは不可能だが、電波を放射しているため、電波望遠鏡でなら観測は可能だ。水素が放射・吸収する電磁波の成分を調べると、波長約21cm(周波数1420MHz)に強い電波(スペクトル線)があり、これが水素原子の証拠となる。
しかし、極めて長い時間をかけて地球に届く間に、電磁波は宇宙膨張によって引き伸ばされて波長が長くなるため、それを考慮する必要がある。そこで研究チームは今回、暗黒時代の水素から放たれた水素21cm線が、ほぼ宇宙の年齢に匹敵する長い時間を経た現在、どのような強度と周波数で観測されるのかを大規模なシミュレーションによって詳細に予測したという。
今回の研究では、標準宇宙モデルに基づく現実的な初期条件を設定し、宇宙初期の超音速ガス流や化学反応、宇宙背景放射との相互作用など、考えうるすべての物理過程を取り入れたシミュレーションで暗黒時代の様子が再現された。研究チームはこれまで、宇宙初期の超音速ガス流が及ぼす影響や暗黒時代後の宇宙再電離の進行を小さなガス雲が阻害する効果などを解明しており、今回のシミュレーションではそれらの成果も加えられた。
-

今回のシミュレーション結果。(左)は標準的な冷たいダークマターモデル、(右)は温かいダークマターモデル。粒子は暗黒時代の水素ガスを表し、1つで太陽約1000個分に相当。粒子色はガス温度で、黒、赤、黄の順に20、50、200Kに対応。冷たいダークマターモデルでは細かな構造と、ガス温度とスピン温度の顕著な変動が見られる一方、温かいダークマターモデルでは全般に滑らかで温度差が小さい。縦軸は宇宙年齢(赤方偏移z)を表し、表示された両矢印現在の宇宙で150万光年に相当する。(c) Park et al.(出所:筑波大プレスリリースPDF)
電波強度は、発生源となる水素ガスの温度と密度、さらには当時の宇宙を飛び交っていた背景放射の温度によって決まる。シミュレーションの結果を基に水素21cm線の放出率を正確に求め、進行中あるいは将来の電波望遠鏡計画による観測にも資する予測が行われた。
その結果、全天から届く電波を足し合わせたグローバルシグナルに、電波輝度温度に換算して1ミリK程度の特徴的な周波数変動が現れること、さらにダークマターの性質によってその変動具合に差が生じることが明らかにされた。地球に届く暗黒時代の水素21cm線の周波数をカバーする数十MHz付近の広い周波数帯で観測することで、ダークマターがどれくらい「冷たい」のか、つまりその質量や速度分散(運動速度の乱雑さ)といった性質を測定できるとした。
-

シミュレーション結果から計算された水素21cm線グローバルシグナルの輝度温度。単純な一様等方宇宙モデルの場合との輝度温度の差が表示されており、冷たいダークマターモデルでは密度揺らぎに起因する非線形効果で輝度温度の周波数依存性が大きい。(c) Park et al.(出所:筑波大プレスリリースPDF)
近年、米国航空宇宙局(NASA)が打ち上げたジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡によって、宇宙誕生から2億8000万年という極めて早期に存在した銀河が発見されている。今回の研究成果は、数十MHzというFM放送よりも低い超低周波数の電波によって、さらに遠方、つまり暗黒時代やその後の宇宙の夜明けを直接観測すると共に、ダークマターの正体に迫る新たな道筋が示すものだ。
素粒子物理学の分野で近年注目されている「温かいダークマター」や「軽いダークマター」などは、これまでの宇宙観測や地上実験では検証が困難だった。しかし、今回の研究で提案されたグローバルシグナルの測定により、ダークマターがどのような粒子で構成されているのか、その正体が明らかになることも期待されるとしている。