東京大学(東大)は5月12日、国際協力によって行われているダークマターの直接観測プロジェクト「XENONnT(キセノン・エヌ・ティー)実験」において、これまでの主要な探索対象であった重いダークマターとは異なる、より軽いダークマターの探索領域において、ニュートリノに起因する避けられないノイズとして知られる通称「ニュートリノの霧」がかかる質量領域内に感度が到達し、同領域において初となる“軽い”ダークマターの探索を実施したことを発表した。

同成果は、東大 宇宙線研究所の安部航助教が参加する、150名以上の国内外の研究者による国際共同研究チーム「XENON Collaboration」によるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。

XENONnT実験は、イタリアのグラン・サッソ国立研究所の地下深くに位置し、宇宙線などによるノイズを極限まで排除した環境下で実施されている。この実験は、プロトタイプのXENON10(2006年~2007年)に始まり、XENON100(2008年~2016年)、XENON1T(2016~2018年)といった液体キセノンを用いた検出器によるダークマターの直接観測実験の4世代目にあたる。

2020年に本格稼働を開始したXENONnTは、“nT”が「new Ton」を意味し、前世代のXENON1Tが約3.2トンのキセノンを使用したのに対し、総計8.6トンもの超高純度液体キセノンを検出媒体として用いることで、飛躍的な感度向上を実現した。ダークマターは、我々の身体や星などを構成する通常物質とは重力以外では相互作用しないとされているが、極めて低い確率で原子核と衝突し、微弱な信号を生成する可能性が示唆されている。XENONシリーズの実験では、このごく稀な信号を捉えることを目指し、高感度な液体キセノン検出器によって観測が試みられている。

XENONnT実験が観測可能なダークマターの質量範囲は、数GeV/c2から数TeV/c2とされる。なお、1GeV/c2は約1.783×10-27kg、1TeV/c2は約1.783×10-24kgに相当する(10-27は1000𥝱(じょ)分の1、10-24は1𥝱分の1、𥝱は「京」、「垓」に続く)。しかし、数GeV/c2程度の軽いダークマターが原子核と衝突して生じる信号は、検出器に飛来するニュートリノによって生じるノイズと区別することが極めて困難となる。このニュートリノ由来のノイズが、該当する質量領域におけるダークマター探索の感度を制限する主要な要因の1つであり、これがこの領域を“ニュートリノの霧”と呼ぶ理由だとされる。

今回の研究では、太陽ニュートリノや大気ニュートリノに起因する“ニュートリノの霧”がかかる質量領域(ダークマターの質量が3~12GeV/c2)内において、軽いダークマターの探索が初めて行われた。研究チームは、さまざまなダークマターのモデルやバックグラウンドを詳細に考慮・解析することで、従来よりも低いエネルギーしきい値(0.5~5.0keV)の範囲でのデータ解析を可能にしたとのこと。その結果、バックグラウンドノイズに対して有意なダークマターの信号は発見されなかったものの、6GeV/c2の質量を仮定したスピンに依存しないダークマターと原子核の反応に対しては、最も強い制限が達成されたとした。

  • 世界のダークマター探索実験の感度

    4つのダークマターのモデルに対する、世界のダークマター探索実験の感度。今回の結果は黒太線で示されており、(a)のスピンに依存しないダークマターと原子核の反応では、灰色の「ニュートリノの霧」に感度が達していることが確認できる(出所:東大 宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設Webサイト)

今回探索した質量範囲におけるダークマター探索は、まさに“ニュートリノの霧”の中に潜むダークマターの存在を初めて覗き込める感度へ到達した成果である。なお研究チームは、この重要な成果は高く評価され、論文掲載誌である『Physical Review Letters』においても、特に注目すべき論文として「Editors' Suggestion」に選出されているとしている。