発達障害の一種である自閉スペクトラム症(ASD)のマウスに低用量のオピオイドを投与したところ、社会性が向上することを広島大学などの研究グループが実証した。オピオイドにはモルヒネなどがあり、高用量でがんの強い痛みなどの治療に使われている。これまでASDには治療薬が存在していなかったが、適切に転用することで治療薬となる可能性があるという。
広島大学大学院医系科学研究科(歯)細胞分子薬理学の吾郷由希夫教授(中枢神経薬理学)らの研究グループは、製薬会社との産学連携で、オピオイドが結合する受容体と、そこに作用する薬剤との関係性について調べてきた。
オピオイドには、医療用麻薬として厳重な管理が行われているモルヒネ、フェンタニル、オキシコドンといったがん性疼痛の痛み止めのほか、向精神薬の劇薬として扱われているブプレノルフィンなどがある。いずれの薬剤も細胞膜にあるμ(ミュー)オピオイド受容体に対し強く結合するが、ブプレノルフィンは細胞内情報伝達系の活性化作用が他よりも弱い「部分作動薬(部分アゴニスト)」に分類されている。なお、オピオイドは薬剤だけでなく、危機が迫ったときに脳内で産生されるエンドルフィンなど内因性のものもある。
吾郷教授はASDの動物モデルについての研究を行っており、ASDはモチベーションの維持や社会的コミュニケーションに関する脳領域の機能が何らかの形で阻害されているため、ここに対して効果的に作用する薬があればASDの治療薬になり得るのではないかと考えていた。
オピオイドは過剰使用や乱用が諸外国で社会問題になっており、依存症対策が行われている。このオピオイド依存症には神経伝達物質の一つであるドーパミンの活動が深く関わっている。μオピオイド受容体に結合し、活性化させる「アゴニスト」と呼ばれる化学物質(薬)が大量に存在すると、ドーパミンの放出が過剰となり、依存形成のリスクとなる。
他方で、このアゴニストが適切な量でうまく調節されると、意欲やモチベーションを司るドーパミンの活性をバランスよく上げることになる。これを応用して、ASDが困難とする対人関係の調整に用いることができないかと研究した。
その結果、ASDモデルマウスに鎮痛作用がない低用量オピオイドを作用させたところ、社会性が向上し、他のマウスと交流するようになった。用量を上げていき、鎮痛作用が発現する高用量オピオイドにすると、社会性向上作用はなくなった。
さらに、オピオイド投与に伴い、脳のどの部位が活性化しているかブプレノルフィンで詳しく調べた結果、低用量では社会性行動に関わる領域である「内側(ないそく)前頭前皮質」と「側坐核(そくざかく)」という部位が活性化していることがわかった。
一方、高用量では、「中脳水道周囲灰白質(かいはくしつ)」「腹側被蓋野(ふくそくひがいや)」という部位も活性化していた。中脳水道周囲灰白質は鎮痛作用に加え、恐怖や不快感を招く働きもしており、腹側被蓋野は依存形成に関わる部位である。そのため、高用量オピオイドはASDには逆効果を示すことを意味する。ブプレノルフィンを用いたのは、実用化するなら医療用麻薬のモルヒネよりも導入ハードルが低いためだ。
吾郷教授らは今後、ウィルスベクターなどを用いて、これらの部位の活性化がASDの治療にとって大切なのか、それとも活性化は薬剤を用いた結果に過ぎず、別の要因があるのかどうかといった細かい因果関係を調べるという。
このような、当初想定していた疾患ではなく別の疾患の治療に薬剤を置き換えて用いることを「ドラッグ・リポジショニング」という。これまで、花粉症の薬が眠気を誘うことから睡眠導入薬に用いられたり、睡眠薬のサリドマイドが血管を新たに作ることを阻害するため、骨髄腫の治療薬になったりしている。低用量オピオイドもドラッグ・リポジショニングの一例となる可能性がある。
吾郷教授は「濃度の濃い既存の高用量オピオイド製剤をそのまま利用するのは難しい。既存の鎮痛薬を低濃度に作り替えて最適化するか、それとも一から新しい低用量オピオイド化合物を作るのか考えていかなければならない」と実用化までの課題を語る。同時に「低用量オピオイドは依存性も極めて少ないので、新しい観点での面白い発見だった」と振り返った。
研究は広島大学、大阪大学、京都大学、塩野義製薬が共同で、日本学術振興会の科学研究費助成事業、中冨健康科学振興財団、アステラス病態代謝研究会、持田記念医学薬学研究財団の助成を受けて実施した。成果は2024年12月6日に米科学誌「JCI インサイト」電子版に掲載され、広島大と阪大が25年2月10日に共同発表した。
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