広島大学は2月18日、広島大 宇宙科学センターの東広島天文台で運用する「かなた望遠鏡」のための新技術として、取得すべきデータをどれにすべきかを自分で判断して観測を実行する自律式天体観測システム「スマートかなた」を開発したことを発表した。
同成果は、広島大 宇宙科学センターの植村誠准教授、統計数理研究所の池田思朗教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、「Publications of the Astronomical Society of Japan」に掲載された。
昨今、何も観測されていなかったところに、ある日突然明るく輝き出す「突発天体現象」が、数多く観測されている。そうした中で研究チームが、かなた望遠鏡を使って観測して研究しているのが“激変星”と呼ばれる天体だ。同天体は時事刻々と状態が変化することが特徴で、その正体を解明するには、発生直後からの観測が不可欠となる。しかし突発天体現象に総じていえることだが、いつ・どこで発生するかわからない点が観測を困難にしている。
突発天体現象の発見件数は、世界的な観測プロジェクトの発展により急増しており、発見情報(アラート)は毎夜数十~数百件ほどにもなるという。通常、アラートには天体の位置と明るさといった基本的な情報しか含まれないため、その正体を解明するには追観測が必要だ。しかし、かなた望遠鏡で取れるデータには天体の「色」「時間変動」「スペクトル」など複数の選択肢があり、取るべきデータはケースバイケースで変わってくる。これまで、どのようなデータを取得すべきかについては、専門家が経験と勘に基づいて意思決定を行っていた。しかしこの方法では、熟練した専門家が天文台に不在の場合、せっかくの貴重な機会を逃してしまうことになる。そこで研究チームは今回、取るべきデータを自分で考えて実行する観測システムとして、スマートかなたの開発を試みたという。
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星の爆発が発見されてから、かなた望遠鏡でデータが取得されるまで。(上)従来は夜間、天文台で観測している専門家が情報収集から意思決定、観測作業の実行までを行うために時間を要し、専門家が不在の時は貴重なデータを取り逃がすこともある。下本研究で開発した「スマートかなた」は一連の作業を自動化し、特に取るべきデータの意思決定プロセスまで自動化したことで「考える望遠鏡」を実現した(出所:広島大プレスリリースPDF)
今回の研究では、まず従来行われていた意思決定のプロセスを、以下の3ステップに分解することから着手された。なお1段階目では機械学習の技術を用いて、2段階目は情報理論の枠組みで、そして3段階目では深層学習を利用してシステムが構築された。
- 発見直後の限られた情報から暫定的に天体を分類するステップ
- その結果から適切な観測モードを意思決定するステップ
- 天候などを判断して自動観測を実行するステップ
ちなみに研究チームによると、世界には決められた観測作業を“自動的”に実行するロボット望遠鏡は、すでにいくつも存在するとのこと。しかし、発生した現象の詳細が不明な状況下で、確率論的に適切な判断を下し、次のアクションの意思決定を行える“自律式”天体観測システムはスマートかなたが世界初になるとしている。
そんなスマートかなたの開発は、2019年に着想を得て意思決定の自動化に関する実験が開始された後、2020年からシステム開発とかなた望遠鏡での試験観測が並行して実施され、2023年12月からシステムの運用がスタートした。
2024年3月11日午前3時36分、日本のアマチュア天文家である小嶋正氏はへびつかい座の方向を撮影した画像に新しい天体を発見し、天文電報中央局に通報した。スマートかなたは同日午前5時ごろにその通報を受け、それを激変星の一種である「新星」(白色矮星と晩期型星の連星において発生する水素の熱核暴走反応による爆発現象)と判断し、自動で天体のスペクトルデータの取得が行われた。なお、この観測は発見からわずか1時間30分後に開始され、爆発初期の貴重データの取得に成功したという。スマートかなたの観測からこの天体は新星であることが確認され、この天体には「へびつかい座V4370」という正式名称が与えられた。得られたデータには、スペクトルが短時間で変化する興味深い現象も捉えられていたとする。
それに加え、スマートかなたは2024年8月11日に「重力マイクロレンズ現象」の観測にも成功。重力マイクロレンズ現象とは、太陽程度以下の質量の天体が起こす、背後の天体の像が分裂して見えたりせず、増光だけが確認される小規模な重力レンズ現象のことだ。悪天候などで観測できなかった天体も含めて、これらの成果から、スマートかなたは、従来専門家が担っていた観測計画の意思決定を的確に代替できることが確認されたとした。
研究チームは今後もスマートかなたの運用を継続し、従来は観測が難しかった激変星の爆発初期の状態を明らかにしていく方針とのこと。さらに今後は他機関の望遠鏡とも連携し、天体観測のシステムを新しい時代のものへと進化させることを目指すとしている。