イベント・ホライズン・テレスコープ・コラボレーション・ジャパン(EHT-Japan)、東北大学、八戸工業高等専門学校(八戸高専)、新潟大学(新大)、国立天文台の5者は1月22日、2017年と2018年の観測結果の比較から史上初のブラックホールシャドウの撮影が行われたM87銀河の中心に位置する超大質量ブラックホール(SMBH)、通称「M87*(スター)」について、1年の間に事象の地平面スケールで起こった現象を解析できるようにするため、新たに約12万枚もの理論シミュレーション画像を追加し、観測結果と照らし合わせた結果、M87*の自転軸が地球とは反対方向を向いていることを再確認したと共同で発表した。
またリングの最も明るい場所の変化には、SMBH周囲の降着円盤におけるガスの乱流が重要な役割を果たしていることが示されたことも併せて発表された。
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(左)2018年(上)と2017年(下)に行われたEHTの観測で得られたM87*の画像。(中央)2つの異なる時間における一般相対論的磁気流体力学シミュレーションに基づく画像。(右)中央の画像をEHTの解像度に合うようにぼかした画像。(c) EHT Collaboration(出所:EHT-Japan Webサイト)
同成果は、論文筆頭著者の米・マサチューセッツ工科大学 ハイステック天文台の秋山和則研究員(国立天文台 水沢VLBI観測所 研究支援員兼任、米・ハーバード大学 ブラックホール・イニシアチブ所属)のほか、日本からも東北大 学際科学フロンティア研究所の當真賢二教授、八戸高専 総合科学教育科の中村雅徳准教授、新大大学院 自然科学研究科・創生学部の小山翔子助教らが参加する、総勢270名近い研究者から組織される国際共同研究チームEHTコラボレーションによるもの。詳細は、欧州の天文学と天体物理学に関する全般を扱う学術誌「Astronomy and Astrophysics」に掲載された。
史上初のブラックホールシャドウの画像が公開されたのは2019年4月のことで、すでに約6年が経過している。撮影されたM87*は、地球から約5500万光年の距離にある、数千個の銀河が集まったおとめ座銀河団の中心に位置する巨大楕円銀河M87のSMBHだ。M87*は、太陽質量の約65億倍というこれまでに観測されている中では宇宙トップクラスのSMBHである。SMBHとは“スーパーマッシブ・ブラックホール”の略だが、このクラスになると、“ハイパーマッシブ・ブラックホール”(HMBH:極大質量ブラックホール)という名称が必要となりうるほどの極めて巨大な質量を有する。
今回の撮影は、アルマ望遠鏡を中心に世界の複数の電波望遠鏡が力を合わせて構成した、地球規模の仮想的な電波望遠鏡のEHTによって達成された。EHTは複数の電波望遠鏡が連携する超長基線電波干渉法(VLBI)という手法を用いたもので、人間でいえば約300万というとてつもない視力を有する。観測自体は2017年とその1年後の2018年に行われ、これまでにも1年間の変化などの研究成果が発表されてきた。
研究チームによると、SMBHの周囲には降着円盤があるとされ、乱流に満ちた非常にダイナミックな環境であるとのこと。そこで今回は、事象の地平線近くを周回するガスの構造と運動状態に関して、その1年の間に発生した現象を解析することを目的として、理論解析を行ったという。
今回の研究では、スーパーコンピュータを用いて、2017年の観測を解釈するために生成された画像の3倍の規模に相当する約12万枚もの理論シミュレーション画像が新たに生成された。この膨大な画像と2017年・2018年両方の観測データと照合して理論を精査した結果、M87*の自転軸が地球とは反対方向を向いていることが再確認されたとのこと。そして今回の成果は、SMBHとその周囲を支配する極限的な物理過程の理解を大きく進展させ、新たな視点を提供するものだという。
2018年の観測でも、2017年に続いて明るいリングの存在が確認され、その直径は約43マイクロ秒角だった。これは太陽質量の約65億倍というSMBHが作るシャドウのサイズは1年で大きく変化しないという理論予測と一致していた。特に注目すべき点は、リングの最も明るい場所が2017年は6時の方向にあったのに対し、2018年の画像では約30度異なる5時の方向にあったことだという。この最も明るい場所の変化は、SMBH周辺の降着円盤で乱流が発生していることが考えられるとする。
SMBHは理論上、事象の地平面近傍のガスを必ず自身の自転と同じ向きに回転させるが、少し離れた場所ではガスが逆向きに回転している可能性もあるといい、この場合は当然ながら乱流が激しくなり、今回の観測結果と一致しやすいことが明らかにされた。また、この時に生成されるジェットの構造や特性は、ガスが順回転している場合とは異なるため、さらに考察を進める必要があるとしており、今回の研究成果は、SMBH周辺の複雑な運動状態を解明する上で大きな前進となるとしている。