東京大学(東大)、名古屋市立大学(名市大)、国立天文台(水沢VLBI観測および天文シミュレーションプロジェクト)、茨城大学、大阪公立大学(大阪公大)の7者は12月13日、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)によって史上初のブラックホールシャドウが観測された、おとめ座銀河団の中核として存在する超大型の楕円銀河「M87」(地球から約5500万光年)の中心部を、宇宙と地上における総勢20近い観測装置が一斉観測を行うキャンペーン(多波長観測)の2回目を2018年に実施した結果、太陽質量の約65億倍という超大質量ブラックホール(SMBH)である通称「M87*」が、およそ10年ぶりの活動期を迎えたことを示す強力な「ガンマ線フレア」を捉えることに成功したと共同で発表した。
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2018年4月に多彩な波長で撮影されたM87の画像およびガンマ線望遠鏡によって検出されたフレアの測定データ。(c)EHT Collaboration, Fermi-LAT Collaboration, H.E.S.S. Collaboration, MAGIC Collaboration, VERITAS Collaboration, EAVN Collaboration(出所:EHTジャパンWebサイト)
同成果は、EHTコラボレーションを中心とした世界中の760名もの研究者が参加した超大型の国際共同研究チームによるもので、日本からも東大 宇宙線研究所の川島朋尚研究員、同・ダニエル・マジン特任教授、名市大の秦和弘准教授、工学院大 教育推進機構の紀基樹客員研究員、茨城大 基礎自然科学野/理学部の米倉覚則教授、大阪公大の澤田-佐藤聡子研究員ら多くの研究者が参加している。詳細は、欧州の天文学と天体物理学に関する全般を扱う学術誌「Astronomy & Astrophysics」に掲載された。
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2018年のM87多波長観測キャンペーンに参加した観測装置の一覧。日本の光学望遠鏡や電波望遠鏡も参加した。(c)EHT Collaboration, Fermi-LAT Collaboration, H.E.S.S. Collaboration, MAGIC Collaboration, VERITAS Collaboration, EAVN Collaboration(出所:EHTジャパンWebサイト)
今回の観測の結果、M87の中心部から強力なガンマ線フレア(ガンマ線において短い期間だけ明るく輝く現象)が捉えられた。M87*は“気分屋”で、同フレアが発生する時期を予測できず、今回の検出はおよそ10年ぶりのことになる。なお、2017年に実施された初の多波長観測では、M87*がおとなしい状態だったことが報告されており、今回はそれとは対照的な結果だ。多波長観測で対照的な静穏期と活動期のデータを得られたことは、SMBHの活動サイクルを紐解く上で重要な手がかりになるとする。ちなみに、検出されたガンマ線は、可視光線の数千億倍ものエネルギーを持っており、その膨大なエネルギーを一度にたくさん解放することは並大抵の現象ではないという。
また今回検出されたガンマ線フレアは、わずか3日間という極めて短時間の現象だった。同フレアの発生期間は放出領域の大きさにおおよそ比例しており、今回のガンマ線の急速な変動はフレア領域が非常に小さいことが示されており、M87*のわずか10倍程度の大きさしかないとのこと。なお、この急激な明るさの変化は、ガンマ線以外の波長では検出されなかったといい、これはフレア領域が複雑な構造をしており、波長によって異なる性質を持つことが示唆されているとした。
さらに今回の多波長観測では、ガンマ線フレアの発生時期におけるジェットの形状などが詳細に測定された。今回の多波長観測に参加している日本を含む東アジアVLBI観測網が捉えたM87*のジェットは、2017年の時とは異なる方向に噴出していることが示されたという(M87*周囲のリング構造に関するEHTの報告でも、最も明るい方向(リングの輝度分布)が2018年と2017年では変化したことが報告されている)。こうした、ジェットの噴出方向、EHTで観測されるリングの輝度分布、ガンマ線活動の3つの要素について、今後さらに長期的な時間変化を観測し、それらを組み合わせて分析すれば、超高エネルギー放射発生メカニズムの理解が大きく進展するとしている。
また今回の研究では、国立天文台が運用してきた天文用スーパーコンピュータ「アテルイII」(2024年12月2日に後継機の「アテルイIII」が本格稼働開始)を用いた理論・シミュレーション研究も行われ、多波長観測データと比較することで、活動期にあるM87*周辺の様子が考察された。2018年のフレアは、超高エネルギーガンマ線で特に強い増光が示されたことから、これまでのおとなしい時期と同じ放射領域で超高エネルギー粒子がさらなる加速を受けたか、あるいは異なる放射領域で新たな加速が起きた可能性などが考えられるとした。
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EHTが作製した、ヘスガンマ線望遠鏡、マジックガンマ線望遠鏡、ベリタスガンマ線望遠鏡によって検出されたM87からのガンマ線フレアの動画から、最も暗い時点、中間の時点、最も明るい時点を抜粋して並べたもの。動画は、EHTジャパンの今回のニュースリリースなどで見られる。(c)EHT Collaboration, Fermi-LAT Collaboration, H.E.S.S. Collaboration, MAGIC Collaboration, VERITAS Collaboration, EAVN Collaboration(出所:EHTジャパンWebサイト)
なお、SMBHのジェットにおいて、超高エネルギーの粒子がどのように加速されるのかはまだ解明されていない。今回、ガンマ線フレアの発生時期にEHTで事象の地平線スケールを直接撮影できたことから、フレアの起源に関する理論モデルを検証することが初めて可能になったという。
今回得られた豊富な観測データは世界中の研究者に広く公開されるとする。研究チームは、より多くの研究者がデータを活用することでさまざまな理論の検証が行われ、今も謎多きSMBHの活動性に関する理解が一層進むことを期待するとしている。