熊本大学は9月4日、酸化グラフェン(Graphene oxide:GO)はイオンを高速に伝導する性質があるためにイオンバリア膜としての使用は困難だったが、構造内に「孔」が無いGOを合成し薄膜化することで、水素イオンバリア膜の作製に成功したことを発表した。

同成果は、熊本大 産業ナノマテリアル研究所の畠山一翔助教、同・伊田進太郎教授らの研究チームによるもの。詳細は、ナノ/マイクロスケールに関する学際的な分野を扱う学術誌「Small」に掲載された。

原子1個分の厚みしかないナノシート(二次元物質)であるグラフェンは、その薄さにも関わらず、あらゆる物質を遮断できる究極のバリア膜材料として期待されている。しかし、グラフェンを複雑な形状を持つ物体に成膜することは、技術的・コスト的に非常に困難なことが課題だった。そこで注目されているのが、グラフェンの酸化物であるGOだ。同物質は、グラフェン骨格に多数の酸素官能基が付いた構造を持ち、酸素官能基のおかげで溶媒に分散させることもできる。この性質により、複雑な物体表面にも薄膜を製膜することが可能となっている。

  • GOとPf-GOの走査型透過顕微鏡像

    GOとPf-GOの走査型透過顕微鏡像。(左)GOでは多数の孔が観察された(白矢印)。(右)Pf-GOは、高倍率観察も含めて穴を確認できなかったとした(出所:熊本大Webサイト)

ところがGOにはイオンを高速に通してしまう性質があり、イオンバリア膜への応用展開、特にイオン半径が小さい水素イオンバリア膜の開発は困難と考えられていた。そこで研究チームは今回、孔を持たないGO(Pf-GO)を合成して薄膜化することで、困難とされているGO製水素イオンバリア膜の開発を試みることにしたという。またその過程で、水素イオンの伝導経路についての調査も行うことにしたとする。

まず、合成されたGOおよびPf-GOに孔が存在するのかどうかが、電子顕微鏡により観察で確かめられた。一般的なGOは、「ハマー法」(主に過マンガン酸カリウムと硫酸を用いたグラファイトの酸化方法)によるグラファイトの酸化および超音波による剥離によって合成される。それに対してPf-GOは、「ブロディ法」(主に塩素酸カリウムと発煙硝酸を用いたグラファイトの酸化方法)によるグラファイトの酸化およびアンモニアを使用した剥離により合成された。そして観察の結果、一般的なGOはシート内に多数の孔が存在しているのが観察されたが、Pf-GOではそれが無かったとした。この結果により、一般的なGOは構造内に多くの孔が存在している一方で、Pf-GOにはそれが存在していないことが示された。

次に、GOおよびPf-GOから薄膜が作製され、装置を用いて水素イオンの透過が評価された。評価に使われた装置では、GOおよびPf-GO膜で隔てた2つのセルに、pH7の食塩水とpH1の塩酸水溶液をそれぞれ入れ、食塩水側のセル(測定セル)のpH変化を観察することで、水素イオンの透過特性を評価することができるというものだ(phとは水溶液がアルカリ性や酸性かを示すものだが、水素イオン濃度のことである)。

  • GOおよびPf-GO膜の水素イオン透過特性評価に用いられた装置の模式図

    (a)GOおよびPf-GO膜の水素イオン透過特性評価に用いられた装置の模式図。(b)水素イオン透過特性試験における、pH測定セル側のpH変化。リチウム箔表面に(c)GOおよび(d)Pf-GO薄膜を形成し、水滴からの保護性能を調査する実験の概念図および水滴滴下後の実際の画像(出所:熊本大Webサイト)

水素イオンの透過による測定セルのpH変化が調べられた結果、GO膜の場合、測定セルのpHが瞬時に減少することから、水素イオンが高速で透過することが改めて確認された。一方でPf-GO膜の場合、測定セル側のpH減少を見ることはできなかったという。この結果は、Pf-GOが水素イオンバリア膜として機能することが示されており、骨格中の孔が水素イオンの移動経路になっていることが示されているとした。さらに、「交流インピーダンス法」(さまざまな周波数の交流を印加し、その測定結果の解析により、物質の電気化学的特性を評価する方法)を用いた、より詳細な水素イオン伝導特性の調査が行われた。すると、GO膜とPf-GO膜とでは、最大10万倍の水素イオン透過速度の差があることが判明したとする。

次に、実用的な使用が考慮され、リチウム箔の保護が試みられた。リチウム箔は水との反応性が高いため、水が薄膜を通過しリチウム箔と接触すると激しく反応する。そこで今回の研究では、リチウム箔の表面にGOおよびPf-GO薄膜が作製され、その上から水が滴下された。そしてGOでは、瞬時に水とリチウム箔が反応することが確認された。それに対してPf-GOでは、表面の水滴が乾燥するまで、リチウム箔が反応することはなかったという。以上の結果からも、Pf-GO膜が高いバリア特性を持っていることが明らかにされた。

溶液プロセスにより薄膜が容易なGOは、さまざまな用途のコーティング材料として期待されている。今回の研究で明らかにされた水素イオンバリア特性は、これまで難しいとされてきた防錆や水素インフラに対してもGO膜が有効であることが示されているという。研究チームは今後、水素イオンバリア性能を活かした応用展開を進めていくのと同時に、GOの構造に存在する孔の存在で困難とされてきたその他の機能開拓にも力を入れていく予定としている。