優れた女性科学者をたたえる「猿橋賞」が、異常気象の要因分析法「イベントアトリビューション」の発展に貢献した、東京大学大気海洋研究所准教授の今田由紀子さんに贈られることが決まった。主宰する「女性科学者に明るい未来をの会」(中西友子会長)が発表した。
授賞理由は「近年の気候変動と異常気象の要因分析に関する研究」。異常気象の原因は、人間活動による温暖化とは限らない。大気の偶発的な揺らぎが主要因で、太平洋の日付変更線付近の赤道域から南米沿岸にかけて海面水温が上がる「エルニーニョ現象」のような、長期的変動も関係し得る。これらの要因を科学的に切り分け、人為的影響を評価することが不可欠だ。2000年代半ばにその新手法、イベントアトリビューションが登場した。これを複雑な条件が絡む日本列島に適用し、有効に機能させたのが今田さんの成果だ。
イベントアトリビューションのアトリビューション(attribution)は英語で「~のせいにすること」の意味。気候モデルを活用して「もし温暖化が起こらなかったら」という仮想世界をシミュレーションし、さまざまな条件で計算を繰り返す。こうして異常気象の発生確率をはじき出し、現実の世界と比較。人間活動の影響による確率の変化を「この現象の発生確率が何倍になった」などと示す。
わが国は季節風や台風、猛暑、豪雪などによる四季の変化が顕著で、山脈が連なり海に囲まれており、条件が複雑でこうした分析は困難と考えられた。しかし今田さんは、高精度かつ大規模な気候シミュレーションを用い、イベントアトリビューションを独自に発展させて解決。特に豪雨について、地域の規模で分析できるようにした。例えば2018(平成30)年7月の西日本豪雨では、温暖化の影響で発生確率が3.3倍になっていたことを明らかにした。
2021年にノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎(まなべ・しゅくろう)さんは、複雑な気候をコンピューターで再現するモデル研究の基礎を築いた。大気と海洋が及ぼし合う影響もモデル化し、信頼性の高い温暖化予測を実現した。今田さんはこの系譜を汲み、地球規模の気候変動と地域の異常気象の関連を究め、わが国のイベントアトリビューション研究を先駆けてきた。国際共同研究にも発展している。
同会は「今田氏はイベントアトリビューションの成果を社会に発信し、科学的根拠を与えることで温暖化対策を訴える活動も後押ししてきた。地球温暖化の緩和に向けた国際的な取り組みが、昨今の世界情勢の下で必ずしも十分な進展を見せていない中、科学的に裏付けられた異常気象リスクの評価とその社会への的確な伝達は、科学者に求められる使命であり高く評価される」とした。
先月20日の会見で今田さんは「受賞は非常に感慨深く、気が引き締まる。幼少期から理系が好きで、夜空が奇麗な長崎の山の上で育ち、宇宙飛行士になる夢を高校くらいまで持っていた。東大で、ついていきたいと思える気候変動の先生に出会い、(この分野に)足を踏み入れた。現実の観測データでは得られない情報を気候モデルが作り出せるところに、研究のやりがいを感じる。実は人生を懸けたい研究はイベントアトリビューションではないが、それが何かはまだ秘密だ」と話した。
女性研究者としての思いも語った。「(先輩の)先生方が戦ってくださり、私が研究する頃にはかなり環境が整っていた。社会的バイアスは皆無ではないだろうが、『女性だから不利』と思ったことは多くない。ただ先天的なものはあり、発表時に男性の語る迫力を女性は出せないと感じ、いろいろ工夫してきた。また、若い頃はまだ“飲みニケーション”(酒席)が重要な時代で、男性特有のノリの中で大事なことが決まってしまうことがあった。子育てと研究で忙し過ぎたおかげで、失敗しても、くよくよ思い悩む暇がなかったのは良かった」
1978年、長崎県生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科卒業、同大大学院理学系研究科地球惑星科学専攻修士課程修了。企業勤務の後、同博士課程修了。同大大気海洋研究所特任助教、気象庁気象研究所主任研究官などを経て、2023年4月~現職。
同会は地球化学者の猿橋勝子博士の基金により創設され、同賞は今年で46回目。贈呈式は23日に東京都内で開かれる。
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