量子科学技術研究開発機構(QST)、住友重機械工業、日立造船、九州大学(九大)科学技術振興機構(JST)は、レーザー・プラズマ加速を用いたレーザー駆動イオン入射装置の原型機を開発し、小型重粒子がん治療装置のさらなる小型化に貢献する「量子メス」の実現に向けた統合試験を開始したことを発表した。

同成果はQST 量子技術基盤研究部門関西光量子科学研究所(関西研)量子応用光学研究部、およびQST 革新プロジェクト 量子メスプロジェクトの榊泰直上席研究員(九大 大学院 総合理工学研究院 連携講座 教授を兼任)、同 小島完興主任研究員に加え、住友重機械工業、日立造船で構成された共同研究チームによるもの。詳細は2023年8月29日から9月1日に日本大学理工学部船橋キャンパスにて開催されていた第20回加速器学会年会にて発表された。

世界のがん患者数が今後20年間で年間2200万人に増加すると予測されている中、日本においても1981年以降、疾病別の死亡率第1位はがんとなっている。日本でのがんの生涯リスクは男性で65%、女性で50%と推定されており、がんの診断や治療に関する研究開発は日本の重要な課題だ。

そうした背景の中、注目を集めているのが「重粒子線がん治療」だ。同治療は、炭素イオンビームを用いてがん細胞を死滅させる放射線治療のことを言う。炭素イオンビームの特徴は、鋭いブラッグピークと少ない内部散乱があり、腫瘍への高い線量集中性を持っているため正常組織へのダメージが少なく、より多くのがんを短期間で治療でき、患者の身体に与える負担が小さいことが挙げられる。さらに治癒後の社会復帰が容易であることから、高い生活の質(QOL)を確保できると近年注目を集めている。

しかし同治療は、身体の深部にあるがん細胞に炭素イオンを照射して死滅させるために、炭素イオンを光の速度の約73%まで加速する必要があり、大規模な加速装置や専用建屋が必要となることから普及が進まなかったという。

そこでQSTでは2016年以降、レーザーイオン加速を活用したレーザー駆動イオン入射装置を重粒子線がん治療装置の小型化を実現するキーデバイスと位置づけ、連携企業などと共同して研究開発を進めてきたとする。

これまでは、レーザー加速に必要なレーザー光を発生する「レーザー装置」に加え、レーザー光を標的に照射してイオンを加速する「イオン加速部分」と、発生したイオンビームを制御しながらシンクロトロンへ輸送する「イオン輸送部分」の2つの装置をそれぞれ個別に開発してきたといい、今回、それらの要素技術を連携企業と共同で統合し、レーザー駆動イオン入射装置の原型機を完成させたとする。

  • 統合試験が開始されたレーザー駆動イオン入射装置の原型機

    統合試験が開始されたレーザー駆動イオン入射装置の原型機(出所:QST関西研)

そして既存装置である「重粒子線がん治療装置 HIMAC」を約1/40(面積比)に小型化する「量子メス」という次世代重粒子線がん治療装置の開発を産官学連携で進め、2030年の実用化を目指すとしている。

日本では1994年に、QSTの前身の1つである放射線医学総合研究所(NIRS)において重粒子線がん治療装置(HIMAC)が稼働。現在、国内では7箇所(千葉、兵庫、群馬、佐賀、神奈川、大阪、山形)で重粒子線がん治療装置が稼働中であるものの、国内7施設を合わせても1年で治療を受けられる患者数は4000人程度に限られており、これは日本で新たに見つかるがん患者の0.4%程度にすぎないとされている。そのため、治療装置の小型化により全国的な普及が可能となればより多くの患者のがん治療に貢献されるとしている。

  • QSTが開発を進めている次世代型の小型重粒子線がん治療装置「量子メス」

    QSTが開発を進めている次世代型の小型重粒子線がん治療装置「量子メス」(出所:QST)

量子メスに導入される2大技術の1つである超伝導技術を利用した「シンクロトロン」はすでに実証機の製作段階にあり、2大技術のもう1つであるレーザー・プラズマ加速を用いた「新型イオン入射装置」の開発をQST関西研が主体となって進めているという。

研究チームは、レーザー駆動イオン入射装置の各要素の最適化には今回稼働した原型機から得られるデータが欠かせないとしたうえで、今後の統合試験を通じて実証機製作に必要なデータを集めることで、量子メス実現に向けた設計が大きく前進するとしている。