東京大学(東大)、国立天文台(NAOJ)、統計数理研究所(統数研)、東北大学、神戸大学などは、独自に開発したシミュレーション手法を用いてNAOJの天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイII」を駆使し、これまでより星の運動を正確に解いた星団形成シミュレーションを行った結果、星同士の重力相互作用によって大質量星が星団の中心から外縁部へと弾き出されるときに、星団中心部分に集まる密度の高い分子雲の一方に穴を開け、星団の中心から一方向に広がる電離領域が作られたことを発表した。

同成果は、東大大学院 理学研究科 天文学専攻の藤井通子准教授、同・熊本淳 特任研究員(現・中京学院大学 経営学部 経営学科 専任講師)、NAOJ アルマプロジェクトの島尻芳人 特任准教授(現・九州共立大学 共通教育センター 教授)、NAOJ 研究力強化戦略室/統数研 統計思考院の服部公平助教、東北大大学院 理学研究科 天文学専攻の平居悠 日本学術振興会 特別研究員-CPD、神戸大大学院 理学研究科惑星学専攻の斎藤貴之准教授らの研究チームによるもの。詳細は、英国王立天文学会発行の天文学術誌「王立天文学会誌」に掲載された。

オリオン大星雲は複数の大質量星を含む星団を持ち、地球から見て星団の奥側にはまだ分子雲が残って星形成を続けているものの、手前側は大質量星によって電離された電離領域が広がっている。これまで、オリオン大星雲では、星団の中心にある最も重い星「θ1 Ori C」が手前側の大きな電離領域を作っていると考えられていた。

一方、近年の分子雲に埋もれた星団をモデル化した数値シミュレーションによる研究で、星団中心では分子ガスの密度が高く、大質量星が生まれてもすぐには大きく広がる電離領域を作れないと考えられるようになってきた。ただし、大質量星の星団内での運動を正しく取り入れると、オリオン大星雲で見られるような、星団の外側に大きく広がる電離領域を作る可能性があることもわかってきている。

しかし、分子雲中で星が徐々に作られていく星団形成シミュレーションで、このような過程が検証されたことはなかったという。これまでの星団形成シミュレーションでは、星の軌道計算において、近接遭遇した星の間に働く重力を実際より弱めて計算することで、計算コストを抑える手法が用いられてきたからだ。このようなシミュレーションでは、中心からの星の弾き出しの様子をとらえることができなかったとする。

そこで研究チームは今回、新しい星団形成シミュレーションコード「ASURA+BRIDGE」を開発。このコードでは、星間ガスと星を一定時間で分けて、異なる手法で積分することによって、星間ガスが作る重力場中の星の運動を、近接遭遇時に重力を弱める仮定を使わずに高速計算ができるようになったという。

そして星団形成シミュレーションで形成された星団と、オリオン大星雲の中心部にある星団の星の空間分布、速度分布の比較が行われた結果、オリオン大星雲にある大質量星の速度分布は、星団形成シミュレーションで示されたような、星団中心から弾き出された星と同じ分布をしていることが判明。これは、大質量星は星団の中心部、つまり、星の材料となる低温・高密度の分子ガスが多く存在する場所で生まれ、星同士の重力相互作用によって中心部から弾き出されているということが示されているとする。

  • シミュレーションによって描き出された形成途中の星団

    シミュレーションによって描き出された形成途中の星団。青白い点は星が、赤~緑色の領域はガスが表されている(赤が低温、緑が高温) (C)藤井通子、武田隆顕、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト (出所:NAOJ CFCA Webサイト)

実際、オリオン大星雲では中心から少し離れた場所に大質量星が存在している。欧州宇宙機関の位置天文学衛星ガイアが取得したデータとシミュレーションの結果から、「θ2 Ori A」は、50万年ほど前に星団中心から弾き出され、現在は星団中心に戻っていく途中であることが推定されたとする。また、「NU Ori」も星団中心部から弾き出された星と見られる運動をしていることが明らかにされた。

  • オリオン大星雲

    (上)オリオン大星雲。θ1 Ori Cは同星雲で最も大質量の明るい星であり、星団の中心部に存在する。NU Oriとθ2 Ori Aも大質量星であり、重力相互作用によって星団中心から弾き出された星と推測された。黄色で囲われた赤~ピンクの部分は高温の電離水素で満たされた電離領域。星団の左上の黒っぽい部分は、低温の水素分子ガスが集まっている領域(分子雲)。分子雲中では、新しい星が生まれつつある (C)NASA,ESA,M. Robberto (Space Telescope Science Institute/ESA) and the Hubble Space Telescope Orion Treasury Project Teamが改変されたもの、(下)オリオン大星雲の構造の模式図。左は、(上)のように正面から見た図、右は断面の予想図。観測者から見て星団の奥側に分子雲があり、手前側に電離領域が広がっている。θ2 Ori A は星団手前の電離領域の中、NU Ori は星団より奥の分子雲中に半分埋もれている (C)藤井通子 (出所:NAOJ CFCA Webサイト)

このような星団中心から弾き出された星は、星団外縁部の分子ガスを電離し、星団を中心としない電離領域の形成に寄与するという。オリオン大星雲では地球から見て手前側に電離領域が開いている一方、奥側にはまだ分子雲が存在し、星形成が続いている。星団の中心部、分子雲の密度が高い部分で生まれた大質量星は、まず、星団の中心に小さな電離領域を作る。大質量星が星団の外縁部を電離するためには、この中心を覆う分厚い分子雲に穴を開ける必要があるという。

  • 太陽の約2倍以上の質量を持つ星の速度分布

    星団から5pc(約16光年)以内にあり、太陽の約2倍以上の質量を持つ星の速度分布。星の速度は、星団の重力に束縛されないために必要な速度が1とされている。赤破線はシミュレーションで形成された星団、青線はオリオン大星雲内の星団。灰色の領域は観測された速度分布の不確かさの範囲が示されている(ブートストラップ法という統計手法を用いて推定された)。速度が1より大きい星は星団中心から弾き出された可能性の高い星、1より小さい星は星団に重力的に束縛されている星 (C)藤井通子(出所:NAOJ CfCA Webサイト)

今回のシミュレーションでは、星団中心で生まれた大質量星が、地球から見て手前方向に飛び出した際に、中心部の高密度の分子雲に穴を開け、オリオン大星雲のように手前側に広がる電離領域を作る様子が見られたとする。これは、オリオン大星雲のような星団形成領域の電離の過程において、大質量星の運動が重要であることが示されているとした。

  • シミュレーションで再現された星団の中心部の断面図

    (上)シミュレーションで再現された星団の中心部の断面図。(下)オリオン大星雲の中心領域の断面の模式図。右側が観測者側。a→b→cの順に時間が進む。星印は大質量星を示し、矢印(上段:白、下段黒)は星の進む向きを示す。星団中心から右側に大質量星が飛び出すときに、星団中心付近を覆っていた分子雲に穴が開き、右側方向に電離領域が広がる (C)藤井通子 (出所:NAOJ CfCA Webサイト)

今回のシミュレーションで再現されたオリオン大星雲の星団は、星団中でも中規模の星団であり、より多くの星を含む大質量星団の形成過程については、まだ誰も星1つ1つの運動を再現したシミュレーションに成功していない。ただし、今回開発された「ASURA+BRIDGE」は、より大規模なシミュレーションにも対応しており、オリオン大星雲の10倍、100倍の星を含む大質量星団の形成シミュレーションも可能だという。

なお、今回の研究は、星団のみならず、より多くの星を含む銀河までも個々の星まで再現してシミュレーションするSIRIUSプロジェクトの一環であり、今後は、より大規模なシミュレーションを行い、大質量星団や銀河の形成過程と、その中で大質量星の果たす役割を明らかにしていくことが期待されるとしている。

シミュレーションによって描き出された形成途中の星団。再生時間2分7秒 (C)藤井通子、武田隆顕、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト