理化学研究所(理研)、慶應義塾大学(慶大)、科学技術振興機構(JST)の3者は4月26日、量子力学に従う多粒子系(量子多体系)の熱平衡状態では、一般に長距離に及ぶ「量子もつれ」が存在しないことを示したと発表した。

同成果は、理研 革新知能統合研究センター 数理科学チームの桑原知剛研究員(現・理研 開拓研究本部 桑原量子複雑性解析理研白眉研究チーム 理研白眉研究チームリーダー/理研 量子コンピュータ研究センター 量子複雑性解析理研白眉研究チーム 理研白眉研究チームリーダー兼任)、慶大 理工学部の齊藤圭司教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、「Physical Review X」に掲載される予定だという。

量子もつれを特徴づける方法としては、量子力学に従う多粒子系(量子多体系)における領域AとBにある原子のみを考える、「2者間量子もつれ」が標準的な量子もつれの指標として知られているが、多種多様な量子計算を実現するためには、2者間よりも多くの粒子間で量子もつれを作る必要が出てくる。たとえば、「3者間量子もつれ」であれば、領域AとBの量子もつれを領域Cの状態に応じて定義する「トポロジカルエンタングルメントエントロピー」などが非自明な量子もつれとして注目されているという。

一般的に量子多体系は、有限温度の熱浴(一定の温度を保っている十分大きな外界)に接触して有限温度の状態になる。このとき、量子もつれにはどのような一般的性質があるのかという問題は、未解決のままだという。

この問題を解決することは、量子コンピュータが有限温度で動作するために必要な量子もつれを特定する際の手助けになるとされるほか、さまざまな固体で生じる有限温度での非自明な量子現象において、量子もつれの役割を理解する上でも大きな手掛かりを与えてくれると考えられている。

この有限温度の状態は、一般に「熱平衡状態」であり、個々のエネルギー固有状態が指数分布に従って確率的に混ざった状態で表されることから、研究チームは今回、一般の量子多体系の熱平衡状態には、量子もつれといえる状態がどの程度隠されているのかという課題に取り組むことにしたという。

量子もつれの構造は、量子多体系で理論的に解析することが極めて困難であることが知られているため従来は、特殊な場合に限定したり、数値計算手法を用いるなどして解析したりすることが多かったという。

今回の研究では量子もつれの普遍的な法則を解明するため、まず「量子相関」と呼ばれる新しい量を定義。物理学のさまざまな研究では、領域AとBにおけるそれぞれの観測量に対して熱平衡状態での相関関数が議論されるが、この伝統的な相関関数を今回の課題のために拡張することにしたという。

量子相関は、量子もつれがない状態と量子もつれがある状態を区別できると期待される量であり、その上で領域AとBが十分に離れている場合、量子相関の大きさは、AB間の距離に対して指数関数的に小さくなる(AB間の距離が大きいほど指数関数的に小さくなる)ことを数学的に証明することにしたとする。

その結果、この量子相関がAB間の距離に対して指数関数的に減衰することを用いて、量子もつれの指標である「相対エンタングルメントエントロピー」に関して普遍的な性質を解明することに成功したとするほか、領域AとBが十分に離れているとき、熱平衡分布が、量子もつれを示さない分布とどれくらい近い分布になっているかの解析から、やはり有限温度では、領域AとBが十分に離れている場合、量子もつれの大きさはAB間の距離に対して指数関数的に小さくなることを証明することができたとする。

これらは、標準的な量子もつれは絶対零度(約-273.15℃、あるいはその付近の極低温)においてのみ存在し、有限温度では生き残れないという重要な結果を示すものだという。また同時に、ここで扱われた2者間の量子もつれでは表現できない特殊な量子もつれのみが、有限温度で生き残れることも意味しているとしており、たとえば、トポロジカルエンタングルメントエントロピーは、3者間の特殊な量子もつれの一例だが、有限温度でも生き残る可能性が知られているとする。

この結果は、一般的な量子多体系において、2者間の量子もつれは絶対零度では存在し得るが、有限温度においては、特殊な3者間量子もつれ以外は生き残ることができないということを示すものであり、固体が示す有限温度の量子効果において、特殊な量子もつれのみが存在するはずであることを示唆するものであると研究チームでは説明している。

なお、どのような特殊な量子もつれが有限温度で生き残れるのかに関しては、今後の重要な課題になるとしているほか、研究チームでは、今回の成果が今後の量子機械学習を含む量子計算や、物質が示す特異な量子現象の理解につながることに期待されるとしている。

  • 量子多体系での熱平衡状態の量子もつれの概念図

    量子多体系での熱平衡状態の量子もつれの概念図。(a)領域Aと領域Bのみを考える2者間量子もつれであり、標準的な量子もつれの指標。(b)領域Cの状態に応じて決まる領域Aと領域B間の3者間量子もつれ(トポロジカルエンタングルメントエントロピー)。特殊な量子もつれを特徴づける一例。今回の研究では、標準的な量子もつれ(a)が着目され、有限温度での普遍的な性質が明らかにされた (出所:プレスリリースPDF)